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「浅香唯のドリームビリーバー 」番組ステッカーを夢見る日常。


ネットが普及して、書いたものはすぐに発表できるし、写真も、動画もすぐ撮影できる。
それを加工したり、編集したりも、お金がかかることではなくなっていった。好きなものを好きなように作り出すこと自体は、ステータスから切り離されていく。
サブスクで、いくらでも映画やアニメが見られるし、YouTubeの動画充実は、本当に凄い。時間があればずっと遊んでられる。

あとは、「楽しみ」みたいなものをもっともっと深めていけたらという感じ。
それが出来れば、大きな家も、高い服も、文学賞も、映画賞も、スポットライトもいらない。
出来るだけ、自由に、好きに、何か作ったりして埋没していたい。

なので、欲しいものも特にない。

そんな中、ただ、唯一欲しいのが、ラジオ大阪「浅香唯のドリームビリーバー 〜幸せの色 2020〜」の番組ステッカー。
ラジオでメッセージを読まれた中から、毎週1名にのみプレゼントされるステッカー。
ステッカーには浅香唯さんが、直筆で、書いてほしい名前(ラジオネームか本名)を記入してくれる。

ステッカー制度が始まったのが、2020年、6月の後半。
僕はそれ以前に、2度、メッセージを読まれるという喜びを味わっていた。

そもそも、ラジオにメッセージを送るということ自体が、人生で初めての状態から、それが読まれた喜び。2019年、最後の放送での出来事。

もともと、ブログのページタイトルだったものを、その時、ペンネームとして使用。メッセージが浅香唯さんによって読まれ、僕はその時、初めて「ペンネーム・奥田庵さん」になった。

その後、すべての活動ネームを正式に「奥田庵」に変えた。
ということで、勝手に浅香唯さんを名付け親の位置づけとさせていただき、浮かれながら、楽しく日々、小説みたいなものを書いているのだけれど、そこへ来ての、ステッカー制度。
ステッカーには、ラジオネームを記入してくれる。

わなわな。と震える。
名付け親の直筆による、「奥田庵」は、これは、つまり、生まれたばかりの赤ちゃんがスヤスヤ眠っている横に置かれる、毛筆で書かれた「命名」の紙ぐらい、人生の始まりを現す重要なものなのではないのか? と。

わなわな。
しかし、ステッカー制度後に、何度かメッセージを挑戦してみるのだけれど、全く読まれない。
そして、リスナーの皆さんの、文章の充実度が回数を重ねるごとに上がっているのを感じる。
ステッカー……。

これは気合を入れよう。と、11月。
通勤時に、電車に、カフェにと、スマホにメッセージを打ち込んでは、送るを繰り返す。
と、11月後半、メッセージを読まれ、歓喜。
が、その日は、「唯ドリ決定戦」の、「おでんと言えばコレ」が決まる日でもあり、激戦の中「ウインナー」が勝利を収めるという放送回であった。そして読まれた中から、毎週1名というステッカーは、「唯ドリ決定戦」では読まれていない僕のもとに届くことはなかった。

「次頑張ろう」
と、妻も励ましてくれる。
「そうだね」

と、言いつつ、今週の放送はリスナーさんの「MOTHER マザー~特攻の母 鳥濱トメ物語~」の感想が長文での、凄く心のこもった素敵な文章の数々。それを耳にして、僕はただただ、頷く。

そうだな、「浅香唯のドリームビリーバー 〜幸せの色 2020〜」は僕のささやかな楽しみだったじゃないか。
例えるなら、甘いものを控えている人が、週に一度だけ、コンビニスイーツを買って帰るような、そんな楽しみ。そんな幸せ。

幸せを自ら、見失っていたんじゃないのだろうか?
ステッカーに書かれた名前を目にして、心の支えにしたいという気持ちも良いけれど、沢山の素晴らしいものは、既に、放送から受け取っているじゃないかと。

僕は、また「奥田庵」として、日々メッセージを送れることに感謝しつつ、ラジオの次の放送を楽しみにしている。

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