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山本流 社員育成法と子育て法(その1)

 投資と同じで、子育てには「こうしたら上手くいく」というノウハウはおそらくないのでしょう。子育てはどの家庭も試行錯誤しながら自らの価値観にしながら編み出してくものでしょう。

 社員の育成にも「会社の方針」というものなどはありません。
 人は人との関りの中で熟成していくものです。人の価値観は千差万別であり、幸せの定義も個人差があります。
 肝心なことは、ひとりひとりの価値観に寄り添い、その個性を活かすこと。
 「言うは易く行うは難し」といいますが、一人一人を特別扱いしなければ人は育ちません。特別扱いするからといって、予算がかかるわけではありません。それぞれの社員が互いの価値観を認めること。ひとりひとりの社員を互いにとても大切している会社なのだと社員が組織のよさを心から実感できる環境を整備することです。


 わたしの務めた和光証券国際本部やクレイフィンレイ(米国年金運用機関)はまさにそのような組織でした。

 夜間大学に通っていたら、上司が、勝手に学費を会社持ちにしてくれました。
 わたしは会社に何も頼んでいません。
 あるいは海外出張のときには、コーポレートカードを勝手に作ってくださり、カードの請求書そのものが経費精算になりました。経費精算という面倒もありません。NYに出張するときには、「家族全員で来なさい」。「できれば1か月ぐらい滞在して本社のあるNYという街をあなたの家族全員に好きになってほしい」といわれました。
 このような企業で働けたことで、頑張る気持ちは倍増しました。

 和光証券では商品開発に携わりましたが、当初は確率統計の本を読まなければ仕事にならないというので、上司は「この本を読み終わったらまた次の本に」と言ってくださいました。日に10時間本を読み勉強するというのは普通に事務をするよりもかなりつらいものなのです。しかし、仕事は確率論を理解することだ、といってくれたのは、会社がそれを押し付けたのではなく、わたしが電車の中で毎日読んでいたのが確率の本であることを上司が知っていて、わたしの趣味や価値観を仕事にしてくれたのです。金融業界で将来に役立つだろうという意味で、わたしの価値観に沿って「仕事」を与えてくれたのです。

 そのような恵まれた環境に遭遇したのは珍しいことだったのかもしれません。
 わたしも同僚がいろいろな本を読んでいるのを観察して大事にして、価値観を知ろうと努力するようにしました。本を読まない人では困りますが。


 今どきの組織はそれぞれの社員のひとりひとりの価値観を知ろうともしないところが多いのではないかと思います。それどころか個人情報の扱いが慎重になり過ぎて互いに社員の誕生日も家族構成も趣味も知らないことの方が多いのではないでしょうか。
 身内の不幸も親友の苦境も他人事。かつては部員総出で葬式や結婚式を手伝った世代としては隔世の感です。


 むろん、会社には職責があり職責を担えばよいわけで、そのためのスリムな組織論がいまの主流でしょう。
 ただ、わたしは派遣社員の制度そのものに反対で、いくら便利でも制度を利用すべきではないと思っています。不要な階層をつくり、区別をつくってしまう。非正規と正規の社員の区別があるような企業では人の成長スピードは違うのではないでしょうか。


 子育ても同じです。
 ひとりひとりの価値観は持って生まれたものがあります。兄弟姉妹といっても、ひとりひとりまったく違う固体で、これは本当に全く違うものです。
 似ていないところの方が圧倒的に多い。


 ですから、子育てと部下の育成には共通点があるのも事実です。
 人としてのあるべき姿や目指すべき理想像があるという意味においてですが。


 動物に芸を覚えさせる際には、餌をやりながら褒めて「仕事」を覚えさせるはずです。動物は褒められ、餌を貰いたい。
 人間も生き物です。褒められたいし、報酬がほしい。褒めて報酬を上げて、芸が身についていく。
 動物を叱ったり罰を与えたりすれば、動物は飼い主になつきません。芸も覚えません。同じことが社員教育にも子育てにも当てはまるのではないでしょうか。
 わたしは我が子や部下に注意をしたことがありません。注意をしないからこそ、安心して生きていけるのではないでしょうか。つまらない仕事は人の時間を奪うだけです。得意なことだけをやるようにしていただきたい。自分がもっとも得意なことに集中して仕事をしてもらいたい。
 わたしはたまたま社会人ながらに大学に行き、工学や理学の勉強をするのが好きだったから、それを仕事にしてきました。経済やMBAを軽視したわけではなく、それらは仕事でよく使うので身についていると思ったので他者がやらないことを好きになるようにしたのです。


 社員育成も子育てで、お金をかける必要はなく、周りをみて、課題があれば、それを利用することでお金をかけずに教育ができます。
 たとえば、社会や会社の個々の課題や問題点を利用する。それらの課題に取り組むとき、その課題解決を目指す他者や企業集団が必ず存在しています。
 それらの存在を知り、活動内容を知り、参画したいと思えるような素晴らしい外部世界を知るというのが成長のきっかけになるかもしれません。


 もうひとつ大事なことは、子育ても社員教育も親や上司の了解を不要として、当事者に権限を持たせることです。
 ひとりの社員に権限を100%与える。やらせて失敗し学ばせる。その繰り返し。それをサポートするのが親や上司の仕事です。社員が再挑戦し成功するまでの長期のデザインを組む。
 わたしはミスを敢えてさせるように仕向けることが多いのです。ミスをわざとさせて本人を悔しがらせて、そこからのリベンジを本人が自らの意思で挑むように仕向けています。
 短期的には損失の方が多いですが、長期では圧倒的に社会のメリットになるはずです。


 長期のデザインは大事なのです。
 今日、思い切りサボっている人をみて、上司はけしからんと思ってしまうかもしれません。ところがその前の一週間、異常な集中力で仕事をやり遂げた後で、当人はもぬけの殻のようになっている場合もある。無理して頑張った後に、休息をとるのが長期でパフォーマンスを保つ術です。
 長期で物事をデザインして、権限を持たせることで、大きく人は成長できるのですが、周りは、失敗を褒めることが肝心です。トライしない人は失敗さえできません。失敗させできない人が多数なのですから、失敗するということはよいことなのです。
 失敗して嫌な思いをしているのは当人なのだから、他者が傷口に塩を塗り込む必要もないでしょう。


 自立した個を目指すこと。
 自己の考えをしっかり持ち、目標に向かって反省しながら努力できる人になっていただくこと。
 当事者意識の高い人へと育てること。
 他者を愛し、リスペクトできる人間になっていただくこと。
 バランスのある、極端な原理主義には走らない人になってもらうこと。
 家族やチームを大事にしながら高い志を持ってステップアップしていくこと。
 理想と現実を両方、尊重する人物になってもらうこと。


 子育と人材育成は共通項が多いのですが、社員の育成にはない難しさが子育てにはあります。子育て特有の難しさは時間軸の圧倒的な長さです。
 社内の人材育成は5年程度のデザインで専門家を育てる自信はわたしにはあります。ただ、子供に自我や社会性が生まれるのは思春期からです。それまでに10年の年月が経過しています。子育ての方が社員育成よりも数倍の長さのデザインが求められます。
 わたしは生まれてから中学卒業までの15年の単位で子育てを考えています。
 何事も長期でデザインする方が場当たり的な対応よりは優れた結果が得られると信じているからです。15年の単位のうち、最初の12年はしつけがメインになり、最後の3年は実践がメインになります。


(NPO法人イノベーターズ・フォーラム理事 山本 潤)


(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。万が一、事実と異なる内容により、読者の皆様が損失を被っても筆者および発行者は一切の責任を負いません。また、内容は執筆者個人の見解であり、所属する組織/団体の見解ではありません。)

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