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生年月日は昭和56年3月28日生まれです。
今は子ども2人と妻と自分の4人暮らしをしています。

自分史

中学生 野球部 3年間補欠
高校生 軟式テニス部1年半
    レーシングカート

レーシングカート

2000年 中部地方選手権ランキング6位(優勝1回)
2003年 鈴鹿選手権シリーズSL02OPクラスチャンピオン
2011年 SL中日本シリーズYAMAHASSクラスシリーズチャンピオン

仕事

18歳〜23歳
高校卒業後、地元鈴鹿の自動車部品取り付け工場で6年半

23歳〜25歳
オートバイマフラー、部品の営業

25歳〜
介護の仕事に就く

29歳〜
ユニットリーダー

31歳〜
施設ケアマネジャー

36歳〜
施設長補佐

40歳~
生活介護事業所 施設長

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介護について

祖父の認知症をキッカケに介護の仕事に興味を持ちました。
25歳の頃、ホームヘルパー講座を受け、2施設ほど施設を見学して今の法人を選びました。
選んだ理由は綺麗だったことが理由でしたが、この法人のおかげで今の介護感を作り上げてくれたと思います。

嘱託職員からの雇用

入職最初は嘱託職員からの雇用でした。

今は無資格未経験でも正職員として雇用される時代ですが、当時はその通りには行かなかったのが現実でした。

でもその理由は入職後すぐわかります。
全く経験の無かった自分が、介護は当然ながら、家事も満足に出来ず先輩に迷惑をかけ続ける毎日…
日々ミスを減らすことだけに力を入れていました。

これ正職員ならどれだけの迷惑をかけていたことか…なんて今考えると恐ろしい…


その頃は入居者のみんなも優しく接してくれてそんな僕を暖かい目で見てくれていました。
挫けそうな時もありましたが、この仕事は3年後に介護福祉士、5年後にケアマネジャーの資格を受けるチャンスがあることでその時々の苦しみを乗り越えさせてくれました。

正社員へ…

1年半後に正職員にしてもらうことができました。

そんなに出来ない僕でも『継続は力』という言葉は本当によくできているなと…

丁度正職員にしてもらえるタイミングで大きな異動もありました。

そこで出会った仲間は、いい意味で力が抜ける仲間でした。

それまでもいい先輩に恵まれ、介護の技術は確実についてきていたのですが、出来ない自分像を自分で作り上げていたため、萎縮しミスをしない事だけに一生懸命になっていたので実際はミスの連続でした。

そんな中での異動先の職員さんがいい意味で少し手を抜くところがあって…

そこに安心感を感じ確実に力にしていた介護の技術を発揮して行けたことを鮮明に覚えています。

正職員になる前にしっかり教えてくれた先輩に本当に感謝です。

ユニットリーダー

そしてその1年半後にユニットリーダーを任されることに…
この時の看取りの経験や、職員さんとの葛藤が今の立場にすごく役に立っています。
そして今でもユニットリーダーが天職だと思ってます。
そういったこともnoteを使って情報発信していきたいと考えてます。 

施設ケアマネジャー

平成25年には施設ケアマネジャーでの配属となりました。
介護の現場を離れた立場から職員さんと入居者さんに接する難しさを感じました。この頃は以前の営業職の経験が活きて色々な事柄に対処が出来たと思っています。
施設ケアプランは、独自のシートを使い入居者さんのしたいことを叶えるプラン作りを実施していました。

管理職時代

その後施設長補佐として管理職も経験。
『やわらか食の導入』『記録のict化』『介護力を上げることによる入院者数の減少(尿路感染、脱水、精神科、誤嚥性肺炎ゼロ)』などに取り組んできました。

障がい者支援

令和3年には生活介護事業所(障がい者支援)の施設長を任されることとなりました。
そのことによって高齢者介護と障がい者支援を学び、それぞれの特性の違いの中で自分の支援のキャパを広げることが出来ています。

こんな経歴の持ち主がその経験を発信していこうと思います。
よろしくお願いします。


サポート宜しくお願い致します。介護の業界の発展と魅力発信に使って行きたいと考えています!!