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朝活118日目*私の中国茶体験②

「中国茶、それは一煎、一煎、ていねいに描かれた芸術である。」渋い声の声優さんが私の脳内に響きました。BGMは葉加瀬太郎さんのあの名曲。

私のもとにやってきたジャスミン茶、その香りを鼻でかぎます。いえ、香りをかぐのではなくて「聞く」というそうです。新しい世界に踏み入れると、私の中の常識は、いとも簡単に崩れていきます。

ジャスミン茶、茶葉の香りを聞いたときは、直接的に誘ってくるような女性を思い描きました。イメージをするなら峰不二子。脳天から狂わせてきます。

一煎目として、お茶となってやってきたジャスミン茶。お湯と湯気のあたたかさでふんわりとやわらかい香り。鼻をくすぐる感覚は、誰もが思い描く「母親像」ではないでしょうか。


一口、口に含んだ瞬間です。私の体に電流が走ります。口の中は、花の香りでいっぱい。ごくりと飲み込むと、その香りが体の奥へといき、全身に広がったような感覚になりました。息を吐きたくない、でもため息がでてしまう。

「えぐみがない」


はじめてジャスミン茶を飲んだのは、ペットボトルだったと記憶します。花の香りのパッケージに惹かれたのです。

「花=やさしい」と勝手にイメージしていたのを裏切られるトゲトゲとした飲み心地。その飲み心地に慣れるのにかなりの時間を要しました。

私の知るお茶は、日本茶です。だいたいがまろやかで甘みが勝ちます。だから最初こそジャスミン茶が苦手でした。


しかし、飲み後のさっぱり感は、ほかのどのお茶よりもある気がしたので、何回か飲んでいくうちに慣れていきました。

「えぐみがない」

今回飲んだジャスミン茶は、私のジャスミン茶へのイメージを覆しました。選んでくださったジャスミン茶は、最高級とのこと。このお茶には何人もの熟練した職人たちの技がここにギュッとしていると、中国茶の先生が教えてくれました。

工程の複雑さもさることながら、私は目の前で繰り広げる、パフォーマンスに心を奪われました。

こんな空間で味う中国茶


ふたがついた茶器に茶葉を優しく入れます。陶器と茶葉の触れる音が、ささやかな鈴のようだと感じました。お湯をやさしくいれると、光に反射した湯気が立ち上ります。時間がゆっくりの流れていきます。

女性の中国茶の先生が、お湯の入った茶器にふたをします。茶葉が開くのを待つ間、茶器の説明をしてもらいました。ふた付きの茶器を「蓋椀(がいわん)」。いわゆる急須の役割をするそうです。

ちなみに、たくさんの道具があったのですが、とにかく主要メンバーであるこの「蓋椀(がいわん)」と、お茶を直接飲むおちょこみたいなフォルムの茶器だけは覚えて帰ろうと思いました。おちょこみたいな茶器は、名前わすれてしまいましたが。

手に持っているのが蓋椀(がいわん)

※この手は私。
何もかもにおいて「ぎゃー」と叫びたくなるほど
後悔やまず…。ぎゃーーーー。


静かな空間に戻しましょう。
中国茶の先生の手が、「蓋椀(がいわん)」のふたを優しくずらしました。ふたを使って、お湯の表面をやさしくなでていき、またふたをします。その手つきが、なんとも舞踊のように優雅です。

そして、頃合いがよくなったのでしょう。それぞれの飲むようの茶器に入れてくれます。息をするのもためらってしまうほどの最小限の音。

すべての人の茶器に入れ終わると笑顔で、「どうぞ」と言ってくださいました。その瞬間に息を吹き返したような気分になりました。彼女、中国茶の先生の動きに見惚れていました。

それからは、時間たっぷりと中国茶の世界を堪能しました。日本茶もいいけれど、時にはこんな風にオリエンタルな時を過ごしてみたい。どうせなら、中国茶の世界をもっと知りたい。今、私は何からはじめるべきか模索中です。

この記事を書いていたら、あの時間を思い出しました。今日は土曜日、せめて私でも出来そうな中国茶を探しに行ってみようかしら。



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