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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第18話「大石隊の強さの秘密」

「抜刀」

大石鍬次郎が、号令をかけた。

この号令が、かかるまでは絶対に刀を抜いてはいけない。

また、この号令がかかっているのに刀を抜かないのもいけない。

両方とも、隊規違反になる。

場合によっては、切腹を申し付けられることもある。

戦闘にとって、刀を抜く、抜かないが、それほど重要視されるのである。

その「抜刀」の号令がかかった。

小さい鈴のような軽やかな音を立てて、それぞれの刀が抜かれる。

大石は、手槍の先に付いた革の鞘を左手で掴み、右手で手槍を持ち、ゆっくりと引いて行く。鞘を懐に収める。

白金が、月の光で冷たく光り、緊張感が高まる。

「後詰め両翼へ、前進」

大石隊の五人が通り一杯に広がった。

大石隊は、大石を含む五人で組織されている。

前列三人、後列二人。前列は、大石を中心として、右側に位置する者を「右前」と呼び、左側に位置する者を「左前」と呼ぶ。その後ろに、「右後」「左後」の「後詰め」が、後方からの警戒と防御、前列の攻撃の補佐を任されている隊形になっている。

その「後詰め」が、前に出るように命令されたのだ。

「後詰め」の二人は、前攻めより少し下がって、下段の構え。

「右前」は、刀を右に傾けて右足を前に出した右上段の構え。

真ん中の大石は、手槍を長く八相にとって、高々と掲げる。

「左前」の廣瀬は、左足を前に出して刀を真っ直ぐに上げる左上段。

「左前」は一番負傷する確率も高いが、それに加えて攻める時が一番難しい。

左足、一足分だけ「右前」と大石より常に前に出ていないといけない。そうしないと、誰よりも先に斬り込むことが出来ない。しかも、相手と自分の中心を合わせて常に真正面を向くようにする。前に進むにつれて、徐々に体の向きを変えて行かないといけないのである。

相手との距離が、九間までは歩み足。そこから、距離を詰めると送り足にする。全ては、中心の大石の歩調に合わせてゆく。相手に威圧感を与えて、徐々に詰め寄って行く。

これが難しい。

大石隊に入ると、毎日この稽古をさせられる。永倉新八らの指南役のもとで、徹底的に鍛え上げられる。

最初は、木刀を持って型の稽古から始まる。前攻めは、相手に圧倒的な威圧感を与えることを重視させる。その為には、大きく見せなければならない。大きく構える。上段の場合は、思いっきり木刀を上げて、肘を両脇に大きく張る。腰を入れて、背筋を最大限に伸ばす。

各自の部署に応じて、それぞれの構えの型があり、全員が出来るまでその姿勢のまま待つ。同じ姿勢を長い時間待つというのは大変つらい。

その次は、陣形の型の稽古。基本は、前攻め三人が前を向き、後詰め二人が背中合わせに後ろを向く。状況によって、陣形を変えないといけない。今回のように、後詰めが横に並んで一直線になる場合もあるし、屋敷への討ち入りの時のように後攻めが前に出て、門の両脇を固めて、前攻めが後から突入するような場合もある。

大石の掛け声のもとに、一糸乱れずに陣容を作らないといけない。これも、出来るまで何回も繰り返して稽古する。

これが出来るようになると、この陣容のまま前進後退を稽古する。前後ろだけなら良いが、横、斜め後ろなど全方向に動く稽古をさせられる。全ては、大石の足捌き一つで決められる。大石の歩幅、向きを瞬時に判断して、その通りに動かないといけない。しかも、視線は相手に向けたままでそらせてはいけない。

これも、全員が出来るまで繰り返して教練する。

大石隊の強さは、これらの血の滲むような教練によって成り立っているのである。

今、その大石隊が標的に向かって、攻撃を仕掛けようとしている。


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