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私を救ってくれた人(小説『天国へ届け、この歌を』より)

「すいません。池田さんと言う駅員さんは、いらっしゃいますか」

「居りますよ。今、上りのホームで勤務しています。後30分くらいで休憩に入るから、駅長室で待っていてください」

私は、こじんまりした駅長室に案内された。

ドアを開けると、50過ぎの人のよさそうな駅長さんがモニターを見ていた。

「池田さんと言う駅員さんに、お会いしたいのですけど」

「どうぞ、そこにおかけください。暫くすれば、池田が来るように言っときますから」

駅長さんは、まるで食堂でいつものメニューの出前を頼むように、気軽に内線電話をどこかにかけた。

「良かったね。良かった。良かった」

駅長さんは、池田さんと言う駅員さんを訪ねてきている理由も聞かないまま、私にお茶を入れてくれた。

そして、独り言のように話し出した。

「池田君は、元々は運転士をしていた。若くて優秀な運転士だったそうです。それが、ある日飛び込み自殺に巻き込まれてしまった。朝のラッシュ時に若い女性が、彼の運転している特急電車に飛び込んできた。飛び込んでくる瞬間にその女性と目が合ったそうで、そのとても悲しそうな顔が目に焼き付いてしまった。彼は、それが原因でそれっきり運転できなくなってしまった。結局会社も辞めてしまった。その飛び込みがあったのは、この駅だったのです。それ以来池田君は、その女性を弔うかのように嘱託の駅員となって、ここのホームに立っているのです。そして、何人もの命を救った。彼が来るようになってから、飛び込み自殺は無くなった。彼のお陰です。池田君によれば、何か変な気を起こそうとする人が、分かるそうです。お陰様で、この駅の駅長になれば、お礼に来る人に毎回この話をするのが務めです。とにかく、良かった。命を大切にしてくださいよ。世の中には、池田君のような人間はいないのですから」

確かに三日前の昼過ぎに、この駅のホームから飛び込もうとしていた。

貴島さんのお葬式の帰り。

気が付くとホームに立っていた。

お葬式の最中に、私は崩れ落ちそうになっていた。ずっと泣いていた。

そして気が付くとホームに立っていた。

まさに、飛び込もうとした瞬間に助け出されたのだ。

そう、今から会おうとしている池田さんという駅員さんに。

私だけではなかったのか・・・

その人が私にとって、すごく意味のある存在に思えてきた。

                 つづく

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