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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第15話「慎太郎を狙う狼たち」

辺りが薄墨を塗り重ねるように暗くなってきた。
闇夜の漆黒と夕暮れの灰色の境がくっきりとしてきた。
黒はより深みを増した。
そして灰色には、少しずつ黄金色が混ざるようになってきた。
月の光だ。
月が出ているのだ。
漆黒は悪事を包み隠してくれる。
しかし、冷たい月の光はそれを許してくれない。

「遅くなってすまん。山崎丞さんからの差し入れだ」

齊藤一は、大石隊の隊士の柄と鞘を握った手を離さず緊張感を途切れさせないように、各々の懐におにぎりを直接差し込んでゆく。

後詰めの二人から配って、最後に左前の越前小僧呼ばれている若い隊士の懐に入れた。

そして、励ましのつもりで肩を二度叩いた。彼は、前方の福岡邸から目を離さず。二度首を縦に振った。「ありがとうございます」と言ったのだろう。音を発しない口が、二度三度動いた。

この隊士は廣瀬という。この恐怖で震えている隊士が土方とともに転戦し、函館まで渡って、生き延びた。

土方の最後を看取り、苦労を重ねて遺品を故郷の日野に届けた。暫く日野で世話になり、故郷の越前に帰るが、自分の墓が立ててあり逆賊との汚名を着せられていたので、家に入れてもらえなかった。仕方なく福井の山奥の小さな村で身分を隠して暮らして一生を終えた。

この三十年後に、廣瀬が入隊時にいた西本願寺で、この斎藤と再会するとは、互いに夢にも思わなかっただろう。

大石鍬次郎は、振り返って後詰めの二人に目で合図を送って、右手に捧げていた手槍を右前の者に渡してから、懐から竹皮に包まれたおにぎりをゆっくりと口に運ぶ。

前を向いたまま、視線は見張っている福岡孝弟邸から離さない。左手は刀をしっかり握り、親指は何時でも鯉口を切れるように反り返って鍔に掛かっている。

少しずつ何回にも分けて口に入れて、時間をかけて食べる。食べ終わると、右前の者から手槍を受け取り、後ろ二人を振り向いて目で合図を送る。互いに背中合わせになっているが、訓練を積み重ねているので振り向いただけで、相手の呼吸を読み取ることが出来る。

今度は後詰めの一人が、横の者に目で合図を送り順番に食べてゆく。その間、斎藤は前列の脇に控えながら、監視している。

「屯所に確認してきた。中岡慎太郎を斬る件、協力するようにとの要請だ」

「そちらは、何人?」

「わしと、藤堂平助と服部武雄の三人だ」

「見事な看板役者ぞろいだな。それなら、相手が三人連れでも大丈夫だ。でも、この大通りでは、無理だ。どうする?」

「そうだな、高瀬川沿いで待ち伏せしかないな」

「我々は、三条大橋のたもとの控え所に戻る。あそこなら、一晩中出入りを見張ることが出来る。中岡らは、一刻も早くこの界隈から逃れたいと思っているはずだから、必ず三条大橋を渡って帰ろうとするはず。齊藤さんたちは、菊屋で出てくるのを見張っていて、出てくれば追ってきてくれ。挟み撃ちにする」

「分かった。菊屋に戻る」


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