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短編小説『お父さん、ごめんなさいと言わせて』

今夜のことは、夢の中の出来ごとみたい。

オトーサンと話をすることができたなんて。

やっぱりワタシの思っていた通りのオトーサンだった。それ以上だったかもしれない。

歳が離れていると言っても、男の人でとこんなに長い時間話をしたことがなかった。

子供のころの話や音楽をやっていた話なんか、誰にも話したこともなかった。

急に目の前が、明るくなったような感じ。

胸の奥で、何か知らないけれど温かいカタマリが、だんだんと暖かくなって大きくなってゆくような感じがする。

この感じは、ずい分まえ。そう、ヤマギシ君に感じていたものと同じ。

今日、ヤマギシ君を思い出したから、そう思うのかしら。あの時と同じ。

いや、あの時より確実に、もっと深くてもっと大きなカタマリになっているような気がする。

このカタマリって、オトーサンかも知れない。

オトーサンが私の奥に宿っているのかも。


オトーサンの夜の闇に消えてゆく。

寂しそうな背中。

見た途端、それが分かった。

オトーサンが、闇の中に消えてゆく。

お父さんは、本当に闇の中に消えてしまった。

オトーサンは、消えて欲しくなかった。

オトーサンはいつまでもワタシの中にいて欲しかった。

カタマリが熱くなって、大きくなって行くのがわかった。

だから、「家に来て、手料理を食べて欲しい」なんて大胆な言葉が出てしまったのだと思う。

闇に消えてしまったお父さんは、戻って来ないけれど、オトーサンは追いかければ止まってくれる。

振り向いてくれる。

そして、ワタシを見てくれる。ワタシが追いかければ、オトーサンはそこにいる。

どこかで、お父さんがワタシを見ていて、ワタシにオトーサンという存在を与えてくれた。

「お父さん、ありがとう」

オトーサンが、このキッチンのテーブルに座って、私の手料理を食べてくれる。

どんなものを作ろうかしら。

単身赴任だから、きっと「おふくろ味」なんかがいいのだろうか。

どんな服を着ようかな。

今から楽しみ。

この心の奥のカタマリが膨らんで行くような感じが、とても心地よい。

しあわせ。

そんな気持ち。

今までに心の中を覆う黒くて厚い雲が一気に晴れて青空が広がって行く感じ。

そうだ、お父さんがもし、生きていてくれてワタシの部屋に招待すると思えばいいかも知れない。

大人になったワタシが、しばらく会ってなかったお父さんに手作りのご飯を食べさせてあげることにしよう。

オトーサンを本当のお父さんと思って接するようにしよう。

お父さんが好きだった鯖の煮つけにしよう。

ワタシが、小学校の時に岡山のおばあちゃんの家に言った時、お父さんが一番好きだと言っていた。

大人になったら、お父さんに作ってあげようと思ったことを思い出した。

どこかでお父さんが、今でも私のことを見てくれていてオトーサンにめぐり合わせてくれた。

本当は、お父さんがオトーサンに乗り移って会いに来てくれたのかもしれない。

父さんありがとう。

会いに来てくれてありがとう。

あさっては、ゆっくりしてね。

お父さんに喜んでもらえるように、おいしいものをいっぱい作ってあげるから。

それと、あれから色々あったこと話しするから。お父さんも、何でも話してね。

一杯おしゃべりしようね。

そして最後に「ごめんなさい」って言わせて。

お父さんのことを分かってあげてなくて「ごめんなさい」って言わせて。

どうかお願い。

「ごめんなさい」って言わせて。


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