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短編小説『お父さんと夕焼け の中を歩き続けたい 』

レジを終わって、食材をエコバッグに入れるのをオトーサンは手伝ってくれようとした。

お豆腐のパックを小さなビニール袋に入れる手付きが危なっかしい。

ぎこちなくて見ていられない。

何度もスポンジで指を濡らして、ビニール袋の口を開かそうとしている。

私が他の食材を全部エコバッグに詰め込んでも、まだビニール袋と格闘していた。

そういうところに、人間性って出るものかなって思う。

一生懸命に生きているオトーサンが益々好きになった。

綺麗にビニール袋に入れて、その端をきちっと折りたたんで、二箇所セロハンテープでとめられたお豆腐を照れくさそうに渡された。

オトーサンの温かみを感じるお豆腐は、真夏の人肌のように心地良い冷たさを持っていた。

お豆腐を渡したオトーサンの手は戻らずに、私に向かってきた。

「手を握りたい」

私は思った。

「持ちましょうか?」

勘違いだった。

オトーサンは、私のエコバッグを持ってくれようとしたのだった。

オトーサンに、このスヌーピーのエコバッグは見合わない。

断った。

悪戯を見つけられた子供のような顔をした。

オトーサン、ごめんなさい。

外に出ると、効きすぎたスーパーマーケットの冷房のせいか、盛りの過ぎた外気の熱気が気持ちいい。

オトーサンには見て欲しい場所があった。

昭和の面影が残る古い町並み。

いつもの会社の帰りに通っている道。

それは、子供の頃日が暮れるまでお父さんと公園でキャッチボールをして、手をつないで帰ったことを思い起こせるところだった。

オトーサンと並んで歩きたい。

本当は、手をつないでもらいたいけど無理かな。わざとゆっくりと歩くけれど、オトーサンは追いついてくれない。

振り帰ると、オトーサンは町並みを懐かしそうに見ていた。

「どうかしました?」

「懐かしい感じのする街並みですね」

「本当は、もっと分かりやすい道で帰ることが出来るのですけど、このあたりの街並みが好きなのでいつもここを通っています」

その目は、お父さんと同じ目。

懐かしい。

視線が合った。

それは、中二の時に「おおきくなったなあ」と言われた時の目。

それを見たとたんに、目頭が熱くなった。

思わず前を向いた。

夕暮れの空の色と子供の頃の匂いが、織り交ざったものが、涙となってあふれ出てきた。

背中に感じるオトーサンから発しているぬくもりが、それを後押しする。

私は、いつまでもこうやって歩き続けたい。

そして、夕暮れに溶け込んでしまいたい。

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