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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第23話「今夜は軍鶏鍋にしますか」

一階で護衛をしている藤吉が、上がってきた。

「菊屋の峯吉が、どうしても渡したい本があると言って持って来ていますが、どうしましょう」

「新選組の差し金で探りに来たな。絶対に中には入れたら、いかんぜよ。わしは、隠れ部屋で昨日から風邪で寝込んでいると言っておいてくれ。そして、中岡慎太郎が中にいることは、絶対に言うな。もし客が来ているのが、ばれているのなら、十津川郷士の中川庄五郎らが来ていると言ってくれ。分かったな」

同じく隣の部屋にいる谷干城と田中光顕に対しても、声を落として、
「うぬらも、気をつけろ。討ち入りがあるかも知れん。一番東側の部屋に移動してくれ。その部屋なら、賊が階段を上がって来ても、通りに飛び降りることも出来るし、屋根伝いに逃げることもできる。油断するな」

近江屋の二階は、東側から八畳、六畳、六畳、八畳と四つの部屋が並んでいて、渡り廊下はない。それぞれの部屋を行き来しないと通れないようになっている。階段が東側から二番目の六畳の部屋についているので、一番東側の八畳の部屋だけが、階段を賊が上がって来ても、顔を見られずに逃げることが出来るのである。

峯吉は、階段の上り口の刀掛けに見慣れない刀が架けてあるのを見た。

太刀が三本、脇差が一本。客が三人来ているということか。

二階から坂本龍馬の声が聞こえたような気がした。

藤吉がすぐに戻って来ないし、戻ってきたのは一階の居間から出てきた。

明らかに、龍馬が潜んでいる 隠し部屋の抜け道を通って来たのが分かる。

二階に龍馬がいるのは、気のせいだったのか。

「申し訳ない峯吉さん。坂本先生は、昨日から風邪を引いてはって、ずっと寝てはるわ」

藤吉は何事もなかったように平然と答えた。

しかも、龍馬が二階にいるのを隠すために、藤吉は抜け道を通って、あたかも隠し部屋から出てきたように見せかけていた。

藤吉は、峯吉の視線の先が刀掛けにあることに気が付いた。

「十津川郷士の中川庄五郎さんらが来てはります。坂本先生に会いに来たのが会えないので、二階で宴会をしてはります」

「そうですか」

「良かったら、その荷物預かっておいて、明日先生にお渡ししときましょうか」

と、言うなりいきなり峯吉が重たそうに両手で抱えていた無厚い本を片手でひょいっと持ち上げた。

「龍馬さんが、風邪をひいたはるなら、精をつけるために、軍鶏でも買うてきましょうか」

「かまへん、かまへん。もう遅いから、はよおかえり」

そのまま、藤吉は後ろも振り返らずにすたすたと奥に引っ込んでしまった。手持無沙汰になった峯吉はそのまま引き上げるしかなかった。


大きな荷物を提げて、小僧が近江屋の勝手口に入る様子を大石鍬次郎は、岬神社の物陰からじっと窺っていた。

小僧は、荷物を預けたようで、すぐに戻ってきた。

「齊藤一さんが何か仕掛けたな」

つづく

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