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短編小説『お月様だけが知っている』

大阪でゲリラ豪雨が発生したニュースがテレビで流れていた。

落雷で電車が止まり混雑する駅の改札口。花火大会の終了間際にゲリラ豪雨に見舞われて、浴衣姿で大混乱になっている男女などが映し映し出されていた。

「裕司は大丈夫かしら?」

大阪で単身赴任をしている夫のことが気になる。

ふと窓の外で、裕司に名前を呼ばれたような気がした。

カーテンを開けて外を見る。

真夏にも関わらず、外は薄く雪が積もったように沈黙を守り凛としていた。

月の光のせい。

空を見上げると月が出ていた。

見事な満月。

裕司のいる大阪は、ゲリラ豪雨で大変なのに、名古屋は嘘のように何にもなくて、お月様が綺麗に出ている。

「裕司に知らせなくちゃ」


ずっと、サティのジムノペディが頭の中を流れていた。

裕司の体が悪くなっていることを一刻も早く知らせないと思いながら、言えないでいた。

言った途端に、何事もなかった裕司の身体が急に悪くなってしまうように思えたから。急がないといけないと分かっているのに、少しでもこのままでいたい自分がいた。

来週、大阪に日帰りで行くときに伝えようと思っていたけれど、そのまま帰ってしまうのは、あまりにも残酷なことのように思う。

やっぱり、静かなところで落ち着いて話そう。

裕司の部屋で、私が作った料理を食べてもらいながら、話すのもいいかもしれない。

スターダストレビューのコンサートの前日の金曜日に大阪に行くことにしよう。

テレビのニュースがいいきっかけになった。

あちらのゲリラ豪雨の様子を聞くのと、こちらのお月様が綺麗なことを伝えなくちゃ。

早速携帯電話を掛ける。

いつもは、すぐに出るはずの裕司が今日に限って出ない。

呼び出し音が、空しく響く。

時間を置いてまた掛ける。

胸騒ぎがするけれども、どこかにほっとしている自分がいる。

もう寝ているのかもしれない。

外を見ると、けだるい暗闇が漂っていた。

いつの間にかお月様は、姿を消していた。

また明日掛けることにしよう。


サティのジムノペティが一段とボリュームを上げて頭の中に

鳴り響いている。



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