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短編小説『美しさが理性を封じ込める』

激しくなった雨に耐え切れなくなり、私たちはエデンの園を追われるアダムとイブのように、あの小川の土手から逃げ出した。

強く握り返してきた手の感触。

天の怒りに触れた私たちは、銃弾のように降り注ぐ雨に追われてシェルターに駆け込むように私の住むマンションに滑り込んだ。

私がバスタオルを持ってくる間、玄関で全身を滴り落ちる水滴にまみれて、打ちひしがれる美月の姿が何とも言えずに美しかった。

悲劇は、その代償に女性に美しさをもたらす。

濡れた髪。後れ毛がまとわりつく頬の白さ。

体にまとわりつく濡れた浴衣。朝日を浴びたように柄の朝顔が、生き生きと浮かび上がる。

成り行きとは言え、妻以外の女性がこの部屋に入ったことはなかった。

部屋の中の色彩に変化をもたらした。

美月の香りが部屋中に満ちた。

その香りは、金木犀の香りのように心が時めいた。

しかし、救助隊が理性を押し殺して活動するように使命感だけで、彼女を介抱した。

何も食べる物はないので、近くのコンビニに行く。

若い女の子と自分の部屋で、弁当とビールと言うのは、何かそぐわない様な気がした。

結局迷った末におにぎり4個と焼き鳥2本、スミノフアイス2本の変な組み合わせになってしまった。

レジに向かう時、先程見た映像が蘇った。

バスルームのすりガラスに映る美月の裸体。

全くの無防備のはずのその姿は、私に衝撃を与えるほどの女性の美しさという武器をふんだんに発揮していた。

理性の利く体で良かった。

そうでなかったら、良からぬ考えをしていたに違いない。

私には、彼女のすりガラス越しに映る裸身が、エロスの発散する猥雑さを全て取り除いた純粋な。それだけが私の目に残像を残した。

取って返して、下着、ヘヤーブラシ、化粧水やらをよくわからないままに買いあさった。

それらをレジに持ってゆくとアジア系らしき女性の店員は怪訝な表情を浮かべた。

「ネンレイカクニンヲオネガイシマス」

何を言っているのか、さっぱりわからない。

女性物の下着などを買おうとしているので、不審に思われたのだろうか。

店員が指さしている画面を見ると「YES」と「NO」と出ている。

年齢確認の画面だと分かった。

今更ながらと思いながら「YES」にタッチした。

妻の美由紀が一緒だったら、こういう時に何か気の利いた冗談を言ってくれるのになと思った。

不愛想なまま店員は、レジ袋に詰めてくれた。

「アリガトゴザイマシタ」

こんな時、美由紀がいてくれたらなあ。

何か複雑な思いがした。


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