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鼓動が絶えるとき(小説『天国へ届け、この歌を』より)

私たち二人だけが、川原に取り残された。

湿気を含んだ熱風が、悪魔のささやきのようにまとわりつく。

次に上がってくる花火を待ちながら、二人で暗闇を眺める。

この暗闇は耐えられない。

花火が終わってしまえば、私たちは遊園地の中で礼服を着ているように場違いなものになってしまう。

遠くに見える花火があるからこそ、町はずれの小川の土手に佇むことが出来るのである。

私は終わることを考えるのが怖かった。

このままずっと花火が続いてくれたらなと思った。

通りすがりのおじさんが、父娘と間違えられてからずっと、娘のカンナのことを思い出していた。

長良川の花火大会を一緒に見に行った時のカンナは、花火があがるごとに目を輝かしていた。

今頃、カンナは、どうしているのだろう。

大人になったカンナは、花火を見た時、どんな表情をするのだろうか。

私は、隣にいる香田美月の表情を見たくなった。

彼女の表情とカンナの姿をダブらせてみたかった。

でも、私には、そのような勇気はなかった。

しかし、その思いは通じたのか、香田美月は身を寄せてきた。

二の腕が触れ合った。

私の中で、香田美月は消えてしまった。

一人娘のカンナが、傍らにいる。

娘がいてくれた。

カンナが手を握ってきた。

あの頃と違って、随分と大きくなったが、まさしくカンナの手だ。

懐かしいカンナの手。

私は、それを確かめるように強く握り返した。

カンナが、私の肩に頭を寄せてきた。

鼻の奥がつんとして、懐かしさがこみあげてきた。

カンナとこうやって、ずっと一緒に居たい。

花火の終わりを見るくらいなら、いっそのことこのまま死んでもいいような気がした。

息も切らせずに花火が上がって、クライマックスが来るのが分かった。

聞こえないはずの打ち上げの音が、鼓動になって高鳴ってきた。

最後の花火が上がってしまうと、

私の鼓動は止まってしまうような気がした。

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