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短編小説『涙の中に見出したもの』

ご飯と味噌汁、冷奴、いんげんの胡麻和え、そして鯖の煮付け。久々の食事らしい食事。

私は、ごく普通の和食が食べたいと常々思っていた。家でも、妻の美由紀はこういったシンプルな食事はあまり作ってくれない。

特に驚いたのは、お茶碗とお箸と箸置き。

お茶碗は、焦げ茶色をさらに黒味を強くしているが、銀色の光を帯びており重量感がある。実は、こういった感じのお茶碗が欲しかった。家では、常滑焼のものを使っているが煉瓦色なので、ご飯の白色との相性が今一つであった。だから、濃い目の色のお茶碗を探していた。

これならご飯の白さが引き立つし、ご飯から発せられる照りの銀色が引き立って見える。

ほとんど黒に近くて、短めのどっしりした四角形の武骨なお箸は、黒檀で作られているのだろう。家で使っているのは、丸形の輪島塗のお箸を使っているので、ある意味ではこういったものを使ってみたかった。

重量感のあるお箸をしっかりと置けとめているどころか、お箸以上に存在感がある箸置きも魅力的だ。白色で何も書かれていないその箸置きは、上部の曲線としっかりと大地を受け止めて、本来わき役であるべき存在を不動のものにして、テーブル全体を威圧している。

それらは、香田さんとお揃いのディズニーのガラスのコップと何処にでも売っているような、おかずを入れているお皿とは、一線を画している。それはまるで、香田さんの部屋の中にいる自分の存在のように不自然であった。

「立派なお茶碗ですね。それに、このお箸と箸置きも」

「気になりますか、古い物ですいません」

「気になるどころか、趣味がいいですね。私の好みとぴったりです」

「気に入ってもらえて、大変嬉しいです。実は、それらは父親が使っていたものです。家を出る時に、持ってきました」

「そんな大切なものを私が使ってもいいのですか?」

「ええ、いつか使ってくれる人が現れると思っていました」

香田さんは、私の方へ視線を向けた。

しかし、その視線は私の体を通り抜けて行った。彼女の澄んだ大きな瞳は、しっかりと私に向けられているが、瞳には私を映しだしていない。

口元がぎゅっと締められて、何かに耐えている様子。瞳には、涙が溜まってきて、溢れ出して頬を伝わった。

香田さんは、それを拭おうともせず私を見ている。

私は、涙であふれた香田さんの瞳の中に、彼女のお父さんの面影を見出していた。


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