見出し画像

短編小説『やっとオトーサンと呼べた』

最後の最後にやっと「オトーサン」と呼べた。

ずっと、言いたかった。

よかった。

言えた。本当によかった。

最後に、勇気を振りしぼって「オトーサン」って言えてよかった。

オトーサンが振り返った。

その表情が少しくもっているのは、別れをなごり惜しんでいるからだろうか。

ワタシも。そう、もっとずっと一緒にいたかった。

オトーサン、本当に今日はありがとうございます。

頭を下げると、まぶたにキャンドルの炎が残っていて、それが涙でにじんできているのがわかった。

オトーサン、本当に今日はどうもありがとうございます。

同じ会社の貴島支店長が、ワタシだけのものになった。

ワタシだけのオトーサンになった。

亡くなったお父さんが、この世にオトーサンと巡り合わせるようにしてくれた。

一緒にスーパーマーケットに行って買い物をした。

夕暮れの道を二人で歩いた。

ワタシの作った料理を「美味しい」と言って、食べてくれた。

ワタシの歌を熱心に聞いてくれた。

そして、花火をいっしょに見に行くと約束してくれた。

ありがとう、オトーサン。

小さくなって闇の中に溶けかけようとするオトーサンが、また振り返った。

表情はわからない。

「ありがとうございます」闇の中に溶けてしまう前に言いたい。

深く頭を下げた。

再びキャンドルの炎がまぶたに浮かんだ。

今日の出来事が、映画のダイジェスト版のように頭の中を駆け巡った。

いつまでも、それを見続けていたい。

頭の中にそれを刻みつけていたい。

「ありがとう、私だけのオトーサン」

サポート宜しくお願いします。