大河内健志

五感を文字で綴る次世代小説家。 国語の教科書に載ることを目指して書いています。

大河内健志

五感を文字で綴る次世代小説家。 国語の教科書に載ることを目指して書いています。

マガジン

  • 白木の棺

    知恩院の七不思議のひとつである「白木の棺」にまつわる物語です。

  • 『天国へ届け、この歌を』スマホ版

  • 大河内健志短編集

  • 宮本武蔵はこう戦った

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記事一覧

短編小説『伝えることが難しくなったこれからの仕事の価値』

宮大工の世界は妥協の許さない厳しい世界です。 到達点と言うものはありません。 常に理想を現実に変えて行かなければなりません。 私たちの仕事の成果の判断を下すのは…

大河内健志
14時間前
11

短編小説『物価の高騰による思いがけない悲劇の予感』

若い大工が、知恩院さんの山門の模型が出来上がったので、直ぐに見に来てくださいと私を呼びに来ました。 今までの見たことのない程の大きな模型が出来上がっています。 …

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短編小説『計算し尽くせないもの』

主人らは、早速設計図の作成にかかりました。 私は、父から宮大工たるものは、頭の中にしかと図面を叩きこんでおくもので、紙に書き込むものではないと教え込まれていまし…

大河内健志
2週間前
21

短編小説『当代きっての風流人の教え』

権現様(徳川家康様)の喪が開けてすぐに、造営奉行の五味金右衛門様に呼び立てられました。 何やら、中井正清様の代わりに、五味様が将軍家の造作の仕事を一切任されたそ…

大河内健志
3週間前
10

短編小説『時代の進化によって人間が陥ってしまう罠』

権現様(徳川家康)の生前から最も信頼を得ておられました大工棟梁の中川正清様の堀川丸太町のお屋敷に、主人は中井三日と開けずに行くようになりました。朝の早くから、夜…

大河内健志
4週間前
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短編小説『主人を悩ましているこの時代の風潮が憎いのです』

お茶と茶菓子を持ちまして、奥の間に続く廊下を行きますと、大きな声が聞こえ来ます。 主人の声でも、佐吉の声でもありません。ということは、甚五郎の声か。 初めて、甚…

大河内健志
1か月前
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短編小説『先ずは京の作法を学びなさい』

「造作奉行様のご命令で、わざわざ京に呼び寄せられたが、何ということだ。何事をするにしても、書面を回せとか、誰々に挨拶せよとか、つまらぬことばかり指図される。これ…

大河内健志
1か月前
13

短編小説『京のうつろい』

夜も更けてまいりましたのに主人はまだ帰ってきておりません。 今夜は遅くなるとは聞いておりましたが、気が気でなりません。 夕方から雲行きがおかしいと思っておりまし…

大河内健志
1か月前
12

短編小説『ワタシの歌を聞いてくれる人』

二人並んで歩いている。 暫くの間お互いに黙ったままでいる。 声には出していないけど、ワタシはオトーサンにずっと話しかけている。 オトーサンはずっとそれに耳を傾け…

大河内健志
1か月前
15

短編小説『悲しくなるほど美しい』

暫く歩いて閑静な住宅街を抜けると、小さな町工場や倉庫が立ち並ぶ、殺風景なところに出た。 そこを通り抜けるのが、淀川の花火大会が見える名前の知らない用水路を大きく…

大河内健志
2か月前
20

短編小説『鯖の煮付けと独り酒』

娘のカンナは、お友達と食事をして帰るので今日は遅くなるとメールが入っていた。 だから今夜は、一人きりで過ごさなければならない。 病院で、単身赴任をしている裕司の…

大河内健志
2か月前
12

プロローグ『仮面の告白 第二章』

時代が変わった。令和になった。 かつての私は、昭和の代名詞となってしまった。 小説家を超えた存在として、印象を留めることが出来た。 私の行動に後に続くものがいな…

大河内健志
2か月前
5

短編小説「地下鉄が黄昏の鉄橋を渡るときに思うこと」

やっと一日が終わった。帰りの地下鉄御堂筋線は、混み合う。 特に淀屋橋から梅田方面に行こうとすると、京阪からの乗り換えがあるので降りる人より、乗り込む人の方が圧倒…

大河内健志
2か月前
21

短編小説「宮本武蔵が約束に遅れた理由」

武蔵は、小舟に乗り込むと、真ん中の粗末な敷物が敷かれた席に腰を据えた。 そして、船頭を見やり、目で出すように促した。 船頭はそれには返答せず、おもむろに立ち上が…

大河内健志
3か月前
13

すべてはシナリオ通りに『仮面の告白 第二章』

時代が変わった。 昭和が終わって、平成になり、やがて令和になった。 かつての私は、昭和の代名詞となってしまった。 小説家を超えた存在として、強烈な印象を留めるこ…

大河内健志
3か月前
7

私は生まれ変わった『仮面の告白 第二章』

私は生きている。 賢明な読者なら、もはや説明することはないと思うが、『豊穣の海』にその手掛かりは、書き記して置いた。 その中に、深海の奥底に蠢く甲殻類の囁きのご…

大河内健志
3か月前
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短編小説『伝えることが難しくなったこれからの仕事の価値』

宮大工の世界は妥協の許さない厳しい世界です。 到達点と言うものはありません。 常に理想を現実に変えて行かなければなりません。 私たちの仕事の成果の判断を下すのは、百年先の人々かもしれませんし、もしかすれば千年先の人々かもしれません。 ですから、私たちは、今ここにある現実ではなしに、その先にある理想を現実に変えて行って、それらの未来の人々の鑑賞に堪えるものを作りだして行かなければならないのです。 しかし大御所様(徳川家康)の時代に入って、やたらと規制が多くなりました。

短編小説『物価の高騰による思いがけない悲劇の予感』

若い大工が、知恩院さんの山門の模型が出来上がったので、直ぐに見に来てくださいと私を呼びに来ました。 今までの見たことのない程の大きな模型が出来上がっています。 その周りを大棟梁の主人や棟梁らが取り囲んでいます。 模型を見なくても、主人の自慢気な顔を見ると、凡その出来具合は分かります。 私は、父が手掛けた東大寺さんの南大門の様子を知っているだけに、その模型の緻密さには驚かされます。 垂木斗栱(ときょう)の織り成す綾模様が、規律のある精緻の繰り返しが続く中にある未来への

短編小説『計算し尽くせないもの』

主人らは、早速設計図の作成にかかりました。 私は、父から宮大工たるものは、頭の中にしかと図面を叩きこんでおくもので、紙に書き込むものではないと教え込まれていました。 誰かに見せる必要もないので、棟梁の頭の中にさえきちんと頭に中に入れておきさえすればいいと言われていたので、正直主人ら仕事を見て驚きました。 主人も、中井正清様のお屋敷に通い詰めて徹底的に教え込まれたのでしょうか、平然としております。 主人は驚く私に、まずは大まかな図面を書いて、縮小した模型を作り、寸法や材

短編小説『当代きっての風流人の教え』

権現様(徳川家康様)の喪が開けてすぐに、造営奉行の五味金右衛門様に呼び立てられました。 何やら、中井正清様の代わりに、五味様が将軍家の造作の仕事を一切任されたそうなのです。 先ずは、中井様の懸案となってとなっていた知恩院の山門の建築に取り掛かるようにと仰せつかったそうです。 主人が、その模型を持って帰って来ましたが、それは見事なものでした。 山門と言うよりは、立派な砦のように見えます。 主人は、東大寺の南大門の修理をしたことがありましたけれども、それに比べると何やら

短編小説『時代の進化によって人間が陥ってしまう罠』

権現様(徳川家康)の生前から最も信頼を得ておられました大工棟梁の中川正清様の堀川丸太町のお屋敷に、主人は中井三日と開けずに行くようになりました。朝の早くから、夜の遅くまでいっておりました。 帰った翌日は、朝一番から、棟梁らを集めて、会合をしてはります。 それが、午前中に終わると、昼からはそれぞれの棟梁が自分の部下に向かって、話し合いをしています。 私は、新しい取り組みに一丸となっている姿に心を打たれました。 これからの大工と言うものは、鋸(のこぎり)で木を伐り、鉋(か

短編小説『主人を悩ましているこの時代の風潮が憎いのです』

お茶と茶菓子を持ちまして、奥の間に続く廊下を行きますと、大きな声が聞こえ来ます。 主人の声でも、佐吉の声でもありません。ということは、甚五郎の声か。 初めて、甚五郎が大きな声で話すのを聞きました。 のちに、日光東照宮の彫り物で名を馳せる左甚五郎も私どもへ弟子入りしていた頃は、言葉がしゃべれないのかと思うほど、無口な青年でした。 その甚五郎らしき声が聞こえるのです。 言い争いをしているような怒鳴り声ではありませんでしたので、躊躇なく襖をあけました。 部屋を入りまして

短編小説『先ずは京の作法を学びなさい』

「造作奉行様のご命令で、わざわざ京に呼び寄せられたが、何ということだ。何事をするにしても、書面を回せとか、誰々に挨拶せよとか、つまらぬことばかり指図される。これでは何も進まん。わしらは、代々南都七大寺様の加護を受けて、誰にも文句を言われず好き放題させて頂いた由緒ある宮大工なのだ。それをことあるごとに、小役人どもが一々口出しをしてくる。これでは仕事にならん」 奈良におりました頃は、温厚で泰然自若であった主人の与平次も、京に来ましてから、妻の私に愚痴をこぼすようになってきており

短編小説『京のうつろい』

夜も更けてまいりましたのに主人はまだ帰ってきておりません。 今夜は遅くなるとは聞いておりましたが、気が気でなりません。 夕方から雲行きがおかしいと思っておりましたら、陽が暮れてから雪が降って来ました。 京のこの季節に粉雪は珍しくありませんが、今夜降っているのは牡丹雪です。 庭の松に、牡丹雪が降りかかって、かさかさと音を立てております。 庭を見れば、一面の銀世界です。 主人は、お供を連れているとは言え、年老いた身には寒さも堪え、足元もおぼつかなくて難儀しているのでは

短編小説『ワタシの歌を聞いてくれる人』

二人並んで歩いている。 暫くの間お互いに黙ったままでいる。 声には出していないけど、ワタシはオトーサンにずっと話しかけている。 オトーサンはずっとそれに耳を傾けてくれているような気がする。 声を交わさない会話をしている。 務めている会社の支社長と帰りの電車で偶然に一緒になった。 降りる駅も同じ駅だった。 今まで、一言も会話をしたことが無かったのに、カフェで閉店まで話をした。 正確に言えば、ワタシが一方的に話をして、支社長がずっとそれを聞いてくれていた。

短編小説『悲しくなるほど美しい』

暫く歩いて閑静な住宅街を抜けると、小さな町工場や倉庫が立ち並ぶ、殺風景なところに出た。 そこを通り抜けるのが、淀川の花火大会が見える名前の知らない用水路を大きくしたような川の土手たどり着ける近道なのだ。 干からびたアスファルトの道路。枯れ果てた街路樹のように無造作に立つ電柱。切りっぱなしのトタンでできた人気のない建物。 辺り一面に赤さびがこびりついている。 それは、古い血痕のように黒ずんでいて、乾いた血のような鼻につく臭いが立ち込めている。 街全体が、中世の絵画のよ

短編小説『鯖の煮付けと独り酒』

娘のカンナは、お友達と食事をして帰るので今日は遅くなるとメールが入っていた。 だから今夜は、一人きりで過ごさなければならない。 病院で、単身赴任をしている裕司の病状を聞いてから、今こうやって普通に生活していることが現実じゃないような気がしている。 悪い夢をずっと見ているような気がする。早く目が覚めて、すべてが夢の中だったと思いたい。 お医者さんの言葉が頭の中をずっとサティのジムノペティの音楽と一緒に文字となって、エンドレスで回り続けている。 ソファに座ったまま何もする

プロローグ『仮面の告白 第二章』

時代が変わった。令和になった。 かつての私は、昭和の代名詞となってしまった。 小説家を超えた存在として、印象を留めることが出来た。 私の行動に後に続くものがいなかったこともあり、もはや私は、神格化されたともいえるだろう。 それも、私の画策していた通りとなった。 小説や作品は、やがて色褪せる。 時代が移り変わるごとに、古い勲章のように過去の賞賛に追いやられる。 時代が品定めをするのだ。 時代がふるいをかけてゆく。 令和になって、私たちの時代に創られた作品や作者

短編小説「地下鉄が黄昏の鉄橋を渡るときに思うこと」

やっと一日が終わった。帰りの地下鉄御堂筋線は、混み合う。 特に淀屋橋から梅田方面に行こうとすると、京阪からの乗り換えがあるので降りる人より、乗り込む人の方が圧倒的に多い。 だから、淀屋橋駅から乗る人は、すでに充分に混んでいる車両のところに、無理やり入り込まなくてはいけない。 たまに座れそうな席がある車両が来るが、それは中津行きか新大阪行きである。 降りる駅はその先の江坂である。 乗り換えが面倒なのでそれには乗らない。 いつも、先頭から2両目の2番目の出入り口に乗る

短編小説「宮本武蔵が約束に遅れた理由」

武蔵は、小舟に乗り込むと、真ん中の粗末な敷物が敷かれた席に腰を据えた。 そして、船頭を見やり、目で出すように促した。 船頭はそれには返答せず、おもむろに立ち上がり、櫂(かい:舟をこぐ道具)を手繰り寄せた。 右手の肘の二寸ほど先がなかった。 かつては、足軽として、戦に出ていたのだろうか。 粗末な身なり船頭なのだが、明らかに、それは切り合いで、切り落とされた跡と見受けられる。 得体のしれない者である。 しかし、船頭としての腕は確かだ。 左手だけで器用に櫂を扱う。

すべてはシナリオ通りに『仮面の告白 第二章』

時代が変わった。 昭和が終わって、平成になり、やがて令和になった。 かつての私は、昭和の代名詞となってしまった。 小説家を超えた存在として、強烈な印象を留めることが出来た。 私の行動に後に続くものがいなかったこともあり、もはや私は、神格化されたともいえるだろう。 私の画策していた通りとなった。 小説自体は、やがて色褪せてくる。 時代が移り変わるごとに、勲章のように過去の賞賛に追いやられる。 時代が品定めをする。 時代がふるいをかけてゆく。 令和になって、私

私は生まれ変わった『仮面の告白 第二章』

私は生きている。 賢明な読者なら、もはや説明することはないと思うが、『豊穣の海』にその手掛かりは、書き記して置いた。 その中に、深海の奥底に蠢く甲殻類の囁きのごとく織り込んでおいた文意を読みこめば、私が何処に向かおうとしているか分かるはずだ。 私は生まれ変わったのだ。 魂は不滅である。 私は鮮烈な死を遂げた者しか与えられない名誉と勲章を得た。 目を閉じなさい。 盾の会の制服を着た凛々しい私の姿が鮮明に写し出されるはずだ。 その残像こそ、切磋琢磨して綴った小説の