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頴娃町の観光名所内にあった廃墟が、どのような道すじを経て解体実現に至ったのか。約10年の取り組みをふりかえる。

本記事は、頴娃町の観光名所内にあった廃墟の解体決定を前に、「主観的な愛情」と「移住者目線」の2視点でふりかえる。の続きです。


観光地化が進んだ鹿児島県頴娃(えい)町 番所鼻(ばんどころ)公園において、長年の課題となっていた旧番所会館。

廃墟化した建物は安全面、景観共に大きな障害となっていました。

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(解体が決定した、旧番所会館)


番所鼻公園の変貌について「公園関係者としての主観的な愛情」「移住者としての客観性」という2つの視点でふりかえった前編に続いて、

後編では決して動かぬ大きな山とさえ思えた旧番所会館問題が、どのような道すじを経て解体実現に至ったのかについて、ふりかえっていきます。

▼前編はこちらから


廃墟問題に対するもどかしさ

旧番所会館は、2010年にオープンしたタツノオトシゴハウスと、2011年の鹿児島県と南九州市による景観整備事業で誕生した、アコウの広場の中間に位置します。

1972年に海鮮料理店として開業以降、幾度かの所有者交代と、保養所や旅館、研修施設などへの業態転換を経て、2000年代半ばに営業休止。

以後、運営者不在のまま放置され廃墟化。公園の景観を大きく阻害していました。

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(左が旧番所会館、建物の向こうは海)


タツノオトシゴハウスのオープンを機に公園来訪者が増える中、この廃墟について聞かれることも増えてきました。

タツノオトシゴハウスへの来訪者は立地上、廃墟の前を通らざるを得ないため、タツノオトシゴハウスを運営していた当時のわたしは、この問題を最も憂い、この問題について最も語らざるを得なかった人物の一人だったといえます。

何も出来ないもどかしさに、悲しい思いを抱いていました。


2010年 「廃墟問題に無関心」という問題

過去の経緯や権利関係は、登記簿を当たればわかります。

現状把握のために建物の所有者や債権者への連絡を試みましたが、廃墟化した建物と公園の状態に対し、関心も解決の意志もないことを悟るばかりでした。

一方、土地を所有し公園を管理する市に話を持ち掛けた際は、観光、公園、財産管理など複数の部署が対応してくれるものの、どこも「民間の建物に行政が手を出す訳にいかない」という返答。

公園はその後も幾度かにわたり景観整備事業が実施され、来訪者は増加傾向。

しかし、廃墟問題へは誰もが無関心というのが現実でした。


「市が所有する土地の上に、民間が建てた建物が廃墟として放置された状態を、どう捉えるべきか?」

という自ら立てた問いに対して、わたしの答えはとてもシンプルなもの。

「もし自分が貸した土地に他人が所有する廃墟が放置されたままで土地が使えないとなれば、地主としてはあらゆる手段で自分の土地を取り戻すべく、努力するのではないか?」

しかし現実問題として、地主である市は動かない。

「だとすれば、未来永劫このままでは?」


2013年 「旧番所会館問題を考える会議」の実現

そんな思いが生まれたことでやや勇み足ながら、行政に現状確認と対策協議のための話し合いの場を持つように呼びかけました。

地域に存在する一地域団体に過ぎなかったNPO法人頴娃おこそ会でしたが、2013年ごろは、公園観光地化への取り組みを通じて行政との関わりも増えつつありました。

こうして県、市の関係4部署と頴娃おこそ会ら地元関係者が同席しての「旧番所会館問題を考える会議」の開催が実現。

実現の背景には、番所鼻公園の観光振興に尽していただいた県南薩振興局の柳田課長や、市商工観光課の塗木課長をはじめ、日頃からわたし達の活動を支援してくれていた熱心な行政職員の後押しがありました。

会議の冒頭で柳田課長は「各所に多数の廃墟問題がある中で、こうした会議を公民連携で実施すること自体が極めて珍しいこと」と語られました。

ある意味、行政常識に捉われずに動いたことが、会議の実現に繋がったのかもしれません。

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(旧番所会館問題を考える会の様子)


ようやく実現にこぎつけた、公民連携での協議の場。

しかしながらこの会議では「所有者の状況や債権についてなどの現状確認」と「行政としてこの物件にだけ手を差しのべることは難しい」という認識を共有するに留まり、次のステップに進むことはありませんでした。

問題は依然として先の見通しが全く立たないまま、公園内に廃墟が残された状態が続きました。


2014年 「番釜海岸魅力掘り起こし会議」の主催

先の見通しが立たないのであれば、まずは地域にできることから取り組むべきでは?

と再び自ら問いを立て、

・私たちが出来ることは公園と向き合い魅力を掘り起こし、磨き上げ、活用することではないか?

・公園とその周辺環境の素晴らしさを発信し、この公園に対する行政支援が、広く市民に受け入れられる環境づくりをすることではないか?

と方向転換。

そして2014年2月に実施したのが、頴娃おこそ会主催の「番釜海岸魅力掘り起こし会議」です。

番所鼻公園の進化に可能性を見出し、Uターンしてきた公園内の旅館 いせえび荘の次男である、西村要さんとの取り組みでした。

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(鹿児島県重富のNPOに協力を依頼)


同年秋、番釜海岸魅力掘り起こし会議で講師を務めていただいた、NPO法人くすの木自然館の浜本奈鼓氏らを招き、全3回の自然観察会を開催。

公園の魅力掘り起こしと活用、発信に努めました。

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(番所鼻自然観察ツアーの様子)


廃墟問題解決を視野に入れつつ「まずは地域にできることから」と、番所鼻公園やその周辺を舞台に本格的な活動を開始した2014〜15年を境に、おこそ会の活動は対外的な広がりを見せはじめます。

▼2014〜2015年ごろのおこそ会の実績

・頴娃おこそ会の一連の活動について、総務大臣賞を受賞

・番所鼻公園と釜蓋神社間の番釜海岸の活用提案が、市と県の後押しを受けて、頴娃シーホーウォークという散策路が開通

・頴娃シーホーウォークを通じた公園や海岸活性化への取り組みが、2015年にかごしま・人・まち・デザイン賞の大賞を受賞


2015年 パークマネジメントという概念による理論武装

様々な実績を後押しに市の推薦を得て、2015年に全国地域リーダー養成塾という研修に参加しました。

主として全国の市町村職員が、毎月東京に出向いて講義や討論を行う通年型の講座です。

講座の中で大学教授の指導の下、ゼミ形式で自身が関心あるテーマを研究、レポートを提出する機会があり、わたしは番所鼻公園問題を取り上げることにしました。

アカデミックな場での学びを通じての気付きは、番所鼻公園には目指すべき理念も、理念を実現するための運営体制もないという現実

解決に向けた一つの方法として、欧米で採用されているパークマネジメントという概念を番所鼻公園にも導入し、公園を単に管理するのではなく運営すること

そのための運営体制構築を、公民の連携を通じて実現する旨を提言することとし、レポートにまとめました。

▼全国地域リーダー養成塾 修了レポート 

地域の場づくりに貢献する公園運営のかたち
〜番所鼻公園における公民連携型地域循環創出への挑戦〜
http://bit.ly/2Lk8waW


2016年 「観光頴娃住プロジェクト」始動

修了レポートを市に提出後、市商工観光課の塗木課長から電話があり
「番所鼻公園をはじめとするおこそ会が目指す取り組みを、国が推進する地方創生事業として行ってはどうか」という提案をいただきました。

修了レポートで取り上げた公園運営の内容と共に、空き家、移住、地域おこし協力隊など、いくつかの公民連携型事業を包括したプロジェクトを企画し、提出。

その後、総務省の審査を通り、採択決定。

「観光頴娃住プロジェクト」と銘打ったプロジェクトが、2016年に始動しました。

この中核であった公園運営については、全体会3回、分科会としてパークマネジメント協議会4回の計7回開催。

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(観光頴娃住プロジェクト 全体会の様子)

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(分科会終了後、番所鼻公園にて)


公園問題に携わる市商工観光課と都市計画課、そして頴娃おこそ会の三者が公式に同じテーブルに着いて協議を重ね、パークマネジメントへの理解を深めました。

この結果、番所鼻公園が目指すべき理念として、3つの方針が決定。

・遊べる公園
・稼げる公園
・地域と繋がる公園

廃墟化した旧番所会館を放置することは、理念実現の障害になることを共有。

理想的な公園活用の実現に向けて、廃墟放置状態からの脱却に向けた議論を行うことになったのです。

長らく見通しが立たなかった廃墟問題に、少しずつ解決の兆しが見え始めました。


2016〜17年 新市長の誕生と風向きの変化

同じ頃、南九州市長として新たに、塗木弘幸氏が就任。着任早々に開催された市長懇談会では、おこそ会として旧番所会館問題の解決を訴えました。

その後も市長に対し、要望書を提出。

市長自ら番所鼻公園での視察を重ね「廃墟の放置について、解決を目指したい」という力強い言葉をいただきました。

市長の関心も追い風となり、旧番所会館問題について、協議会から昇格したパークマネジメント会議にて議論。

会議メンバーでの宮崎青島海岸ビーチパークへの視察などを経て、旧番所荘を解体し、景観を取り戻すことを目指すとの方針が確認されました。

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(宮崎での視察の様子)


解体後の土地利用としてはキッチンカー、コンテナハウス、トレーラーハウスなど仮設にこだわることに。

これは公園利用者に求められるサービス提供を行いつつも、旧番所会館問題の再現に繋がる、建築物の設置を回避するための方策です。

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(解体後の風景イメージ)

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(解体後の土地利用イメージ)


2018年 旧番所会館の解体が決定

こうした努力を経て、2018年6月。

とうとう市は、旧番所会館を公費で解体する方針を決定しました。

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(解体決定を報じる、新聞記事)


その後、議会での明け渡し訴訟や、解体予算の議決を経て、いよいよ2019年9月から解体工事が始まります。

これに際し市は解体費の一部について、ガバメントクラウドファンディングを活かした寄付を募ることで支援を図るという取り組みも始めました。

ガバメントクラウドファンディングとは?
→ふるさと納税制度を活用して行うクラウドファンディングのこと。


2019年 廃墟解体の先で、どんな未来を描くか

2010年に廃墟問題解決に向けた取り組みを始めた時に、決して動かないと言われていた大きな山がとうとう動き始めました!

10年に及ぶ長い取り組みの中で時には投げだしたくなることもありましたが、諦めずに続ける大切さを学びました。

問題解決に至っては市、県などの行政職員の皆さま、そしておこそ会をはじめとする地域メンバーなど、多くの方々の協力がありました。

一連の経緯については、日経BPの公民連携最前線というネット記事で紹介いただきました。


解体の決定は大きな区切り。とはいえ、決して目的ではありません。

廃墟解体の先でどんな未来を描き、どう公園を進化させるか?

むしろこれからが本番です。

引き続き多くの方の力をお借りしながら、よりよい番所鼻公園をつくるべく歩んでいきたいと思います。


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埼玉から鹿児島県頴娃町にIターン後、タツノオトシゴ観光養殖場を運営。NPO法人頴娃おこそ会を通じ、地域と行政と観光を繋ぐ活動に取り組む。昨今は地域おこし協力隊運営などの行政連携事業や空き家再生にも注力。https://www.facebook.com/jun.kato.1088
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