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香木は化学でどこまで分類できるか──明治大学・本多准教授に聞く

OKOPEOPLE編集室

和の香りの専門店・香雅堂では、代表の山田悠介と会長の山田眞裕が香木の専門家として、香木の鑑定や截香(=カットすること)を手がけています。

なかでも鑑定は非常に難しいものです。豊富な経験と鋭い感覚がなければ、それがどのような香木なのか、もっといえば、そもそも香木なのか否かすら見極めることができません。では、科学の力を借りたらどうでしょうか?

「お香の世界をオープンにすること」を目指す香雅堂では、明治大学理工学部の本多貴之研究室による香木にどのような香気成分が含まれているかを分析する研究に協力し、試料となる香木を提供させていただきました。

そこで本記事では本多准教授に今回の研究成果から研究のモチベーション、香木に関する研究動向まで、香りの科学についてお話を伺いました。聞き手は香雅堂代表・山田が務めています。

本多 貴之(ほんだ・たかゆき)
明治大学理工学部准教授。博士(工学)。大学院に進学時に漆の熱分解分析を手がけたことをきっかけに、さまざまな天然物の熱分解分析とその応用に興味を持つ。今は,「”モノ”を科学的に評価してその材料を明らかにする」ことを中心に研究している。例えば,遺跡で発掘された『漆器のようなモノ』が果たして本当に漆であるのか?!を様々な科学的手法を駆使して明らかにしている。最近は固相抽出法を用いた香気分析なども手がけている。

測れるものは、なんでも測る

──本日はよろしくお願いします。まず最初に、香木の研究を始めたきっかけについて教えていただけますか。

直接的なきっかけは、2017年頃に香道に関する社会人講座を開いたことです。講師として香道御家流霞月派師範の吉川霞悠先生に来ていただき、いろいろディスカッションしているなかで、香木の香りをサイエンティフィックに分析できないかという話になりました。それから吉川先生のご紹介で山田さんのことを知り、すぐに連絡させていただきました。山田さんが研究のことを熱心に聴いてくださったこともあって、香木を購入させていただき、分析を始めることにました。

私たちが取り組んだのは、香道の世界でもっとも重要視される香木・沈香を、化学的に分類する研究です。中心になって研究を進めてくれたのは、研究室に所属していた野村さんと、引き継いだ内田さんの2名です。現在はふたりとも大学院を卒業しています。ざっくり説明すると、野村さんは香木に含まれる化合物を分析して香りの特徴づけをおこない、それを踏まえて内田さんは香木の分類と指標づくりに取り組みました。

釈迦に説法ですが、香道における香りの分類法として、「六国五味」(りっこくごみ)がありますよね。六国五味は、伽羅・羅国・真南蛮・真那伽・佐曽羅・寸門陀羅という産出地から分類された6つの香木を、さらにその香りから酸(すっぱい)・苦(にがい)・甘(あまい)・辛(からい)・鹹(塩辛い)という5つの味で表現したものとして知られています。私たちの研究は、六国五味のような人間の感覚による香りの分類について、化学的に検証するものだと言えると思います。

──香木に含まれる成分を研究してくださる方が現れるなんて、夢のようでした。本多先生はどのようなモチベーションで研究対象を決めるんですか?

私自身の研究のモチベーションは、おおよそ2種類あります。まずは純粋な興味を惹かれるかどうかですね。私は大学院の頃から、漆の熱分解分析をやっていました。特に、外見が漆のようにみえるものを「漆であるか否か」、「漆になにを混ぜているか」を見極める研究です。その手法を応用すると、さまざまな天然物を分析することができるんです。ですから、あまり対象を限定せず、測れそうなものがあったら、なんでも測ってやろうという感じなんですよ(笑)。

次に経済や社会への還元があるかどうかです。なにかしらの利益や公益につながるものをやりたいという思いがあります。利益という意味では、もともと香りの分析は、お菓子や香料を扱う民間会社が熱心に取り組んでいる領域なんです。たとえば、イチゴ味のキャンディには、「どこどこのイチゴの味ですよ」などとパッケージに書かれていることがありますよね。あれはどのイチゴにどのような香りの成分が含まれているかを私たちと同じような手法で分析し、近い香りを再現した商品を開発しているんです。

香木の香気成分を抽出・分析する

──面白いなあ、民間でも研究が進んでいる領域だったんですね。続いて、研究の内容について伺いたいと思います。

そもそものところから説明をしていきますと、香りというものは、さまざまな化合物が混じって発生するものなんですね。この点では、香木も例外ではありません。

では、香木にどんな化合物が含まれているかと言いますと、テルペンと呼ばれる化合物群です。これらは天然有機化合物で、炭素原子数が5の倍数であるような化学式をもちます。炭素原子数10の化学式をもつモノテルペンや、15個のセスキテルペンなどがあります。

内田さんの研究では、こうした香木の香気成分を102種類の化合物に分け、それらがどのような割合で含まれているのかを分析しています。

──どうやって分類しているんですか?

いろいろな成分をプロファイルすることができるガスクロマトグラフィー質量分析(GC/MS)という手法をもちいています。この分析をするために、加熱発生した香気成分を吸着剤で抽出(吸着)するのですが、この工程を非常に粘り強くやってくれました。吸着素子に吸着された化合物は熱をかけると吸着素子から離れます(脱着)。そのため、装置の中に吸着素子を入れて加熱します。このように、実験は吸着 → 脱着 → GC/MS測定と3段階に分けられるのですが、全体で約2時間かかります。しかも、一般的にこのタイプの分析は最低3回の実験結果が一致することが必要で、各実験結果から100種類以上の成分を特定し、その含有率を計算して表にまとめて……という非常にタフな工程です。

これだけで終わりではありません。結果をまとめたら、主成分分析という手法で六国毎の特徴を見つけます。主成分分析とは、たくさんのデータの中から「何が識別に使える成分か」を決定する解析手法です。

おかげで伽羅と寸門多羅については、かなり分析が進みました。特に伽羅については、クロモンという成分が突出して現れるという特徴を明らかにすることができました。また、伽羅は世界的に見ても珍重されるため,数多くの研究が行われています。その中でもクロモンの存在は指摘されており,この結果は妥当であると考えています。

また、寸門多羅についても、いくつか特徴的な成分を特定でき、ほかの香木との違いも明らかになりました。

──素晴らしい研究成果ですね。私自身の感覚でも、伽羅と寸門多羅はかなり分類しやすいんです。伽羅は別格の香りがありますし、寸門多羅はすうっとしたさわやかな独特の香りがあって、ほかとは明らかに違います。人間と科学的な分析の結論が同じなんだなと感じます。残りの4つについてはどうですか? 私たちでも分類が難しいのですが。

面白いですね! じつは私たちの研究でも同じなんです。内田さんの研究でも、伽羅と寸門多羅は特徴がわかったものの、ほかの香木は明確な特徴が抽出できませんでした。六国すべてを1つの基準で明確に分類する指標を確立するところまでは至らなかったんです。

研究をするうえで難しかったことがいくつかありました。まず、香木が天然物だという点です。天然物ですから、同じ香木であっても、切る場所によって化合物の組成が違っているのです。実際に焚いた場合にも、箇所によって香りの強弱や印象が微妙な違いがあるかもしれませんね。

それから、香木は貴重で高価なものだという点です。どうしても試料の量に限界があるため、いくらでも分析できるわけではありません。たくさんの試料を時間をかけて分析することができれば、もう少し研究が進むかもしれません。

香り研究の展望

──なるほど。香りに関する研究動向についても伺えたらと思います。香りの研究で、特に進んでいる領域はありますか?

そうですね、研究対象としては、柑橘系の香りの研究が進んでいる印象があります。地域活性化の文脈で、柚子やみかんの成分を分析するものが流行っています。ほかの研究分野でも同じことがあると思いますが、健康にいいとか、老化を防ぐとか、そういう効能のあるとされる香りも人気ですね。

また、研究手法という観点では、動物実験や人体に有害性のある研究が難しくなってきているので、天然から得られる化合物を水で分離する方法が増えてきています。

香木に関する研究でいうと、香り高く、金銭的にも高価な伽羅の研究が進んでいるようですね。香道にかかわる方とお話をしていても、伽羅を分析してほしいという話になることが多いです。

──最後に、今後の研究の展望について聞かせてください。

じつは香木の研究は、いったん止まっているんです。内田さんが卒業してから、研究室の学生が少し減って、担当する学生がいなくなってしまいまして。

しかし、先ほどお話しした吸着剤をもちいた研究手法は残っています。ラーメンに入っている豚骨に放射性物質や重金属を大量に吸着する性質があることを発見して話題になった関根由莉奈先生と一緒に、漆にかんする研究をやっていたら、コーヒーの香気成分を研究したいという学生を紹介してくれたんです。その学生が技術を継承してくれたので、また機会があったら香木の研究もやれるかなと思います。

──ありがとうございました。ぜひ、お願いします! 香木は栽培が難しく、どんどん手に入れづらくなっています。今回の研究で分析してくださった高品質な沈香は、そのなかでも希少な部類です。香木の研究の進展は、香道をはじめ、日本の香り文化を伝えていくためにも必要なことだと思います。香雅堂としても、学術研究と関わるチャンスがあったら、今後も積極的に取り組んでいきます。

編集:OKOPEOPLE編集部
写真:春菊

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