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200年の系譜を持つ家業を継いでみる~香木・香道具店 麻布 香雅堂の場合~

2017年7月、私は(最も長く数えると)200年の系譜をもつ香木・香道具店 麻布 香雅堂の代表取締役社長に就任しました。……と書くとかなり厳か&それっぽい雰囲気になるのですが、主要メンバーが4名程度のファミリービジネス的な会社です。そのため、私たちの「代替わり」は、特に話題になることもなく、静かに・密やかに為されました。

今回のnoteでは、その代替わりの前後にどんな摩擦や軋轢が生まれたのか/生まれなかったのか、その結果として香雅堂というお店がのように変わったのか/変わらなかったのかを書いてみたいと思います。

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現在、家業を継ぐ/継がないで迷われている方や、将来的にするかもしれない方にとって、何かの参考にしていただきたいと考えているからです。もちろん、私が書くことができるのは、いわゆる「事業継承」というトピックに関する、個人的かつ具体的なケーススタディです。普遍的な提言をするという性質のものではないことを、初めに記しておきたいと思います。

継ごうと決めたとき

まず、イメージしやすいように、私と会社との関わりを簡単に年表的に整理しておきます。

1986年 香雅堂を営む山田家の次男として筆者誕生
2008年 大学4~5年 時に香雅堂でアルバイト
2009年 大学卒業、IT企業に就職
2011年 IT企業退職、香雅堂でフルタイムで働き始める
2017年 代表取締役社長に就任
2020年 今に至る

香雅堂ビルの1~2階は会社が使用し、その上は自家使用しているので、私はお店の上で生まれ育っていったということになります。

学校が終わるとお店で働いている両親・アルバイトのお姉さんに「ただいま~」と言いながら、住居部分に上がっていきます。ご実家がご商売されているお家には、割と多いパターンではないでしょうか。

そういった環境で暮らしていたので、小学校では「悠さん(筆者のこと)のランドセルはいいにおいがするから、どれかすぐにわかる。」と友達に言われていました。

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2Fは香道や茶道のお稽古場としてお使いいただいていたため、「小さい頃からお香の修業をしてたの?」といったご質問をいただくことがあります。しかし、全くそういったことはありませんでした。

物心ついてから香道を初体験したのは社会人1年目のこと。最初は、全ての香りが同じものに感じられて「なんじゃこりゃ!」と思ったほど、和の香りに関する素養はありませんでした。

言い換えると、私の両親は、長男にも次男(筆者)にも、家業を継ぐことをほのめかしたり、示唆したりといったことを、(記憶にある限り)今に至るまで一度もしたことがありませんでした。そのせいもあってか、兄は当初から一貫して全く別の道を歩んでいます。

大学を卒業しIT企業に勤めはじめて2年目になると、アルバイト時代に見た香雅堂での業務スタイル(手書きの伝票…!等)が思い出され、週末を中心に少しずつIT面での手伝いをするようになりました。そしていつの間にか新卒で入社した会社をあっさりと辞め、香雅堂でフルタイムで働くようになっていたのです。

このときにも、200年続く家業を継ぐ決意!的なものは微塵もありませんでした。私にあった決意は、松岡修造さんでお馴染みの販売管理ソフト「販売王8」を導入しよう!というくらいでした。そんなところから、私の香雅堂人生は始まっていきます……。

前置きが長くなりましたが、私が家業にフルタイムで関わるようなった2011年から、現在に至るまで、緩やかに進んでいった事業継承に伴って起こったこと/起こらなかったこと書いていきたいと思います。

次代がチャレンジできる環境を!

そもそもですが……私の事業承継は、信じられないくらい、とんでもなく恵まれているケースだと思います。

両親は助言を求めれば答えてくれましたし、求めなければ好きなようにチャレンジをさせてくれました。こうしたトライ&エラーをさせてもらえなければ、私たちの成長(本当にしているのかどうかは別として……)はありえませんでした。

特に印象に残っているチャレンジは、40年近く変わることがなかった店舗とお稽古場の改装です。両親は、自分たちが愛してきたであろう場所を改装する際にも、望み通りの姿にしてくれました。

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このときをはじめ両親への感謝は計り知れません。私が事業継承というテーマについて、もし一つだけコメントするとしたら「ご先代は、次代が全権を持てる部門をできる限りつくってあげてくださいませ」という一言に尽きると思います。私自身、もし次世代に事業を継承するときがきたら、この姿勢だけは必ず守ります。

思想の違いとすりあわせ:お香の「天然」問題

比較的スムーズな事業継承の過程でしたが、印象的だったこともあります。それはお香の「天然」表記問題です。

父はもともと、お線香をより体に優しい「天然素材100%」でお線香を作っていきたいという思想をもっていました。これには私も基本的に賛同しておりました。

しかし、現実にはいろいろ難しい点があります。たとえば、自然界に存在する成分の一部を科学的に合成した香料を「天然」と呼んでいたケース。これを天然としてしまうと、極端に言えば、世のほとんど全ての合成香料を天然と呼ぶことができてしまいます。はたして、こうした香料を「天然」と呼んでよいものか……?

結論としては、自身の感覚や時代の趨勢を踏まえて、私はこうしたお線香を「天然」と呼ぶのは無理があるのではないかと思うようになりました。この考えのもと、父と5-10年ほどの時間をかけて、香雅堂で扱う商品の説明を段階的に変更していきました。

たとえば、ある商品の説明書の在庫が足りなくなって再発注をかけるときに「この「天然100%」という文言はしっくりこないから、「天然素材を中心に」という表現に変えようよ」というような感じです。昔からのお客様に影響する部分については、父と一緒にご説明に伺いました。また、新たに得た知識については、情報提供を行うこともしました。たとえば、一般的な匂い袋から漂う甘い香り。「あれはバニリンやクマリンといった合成香料が入っているそうで、天然100%かつ安価にあの香りを表現することは不可能みたいだよ」というように。

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こうした細かな変化を経て、現在では「香雅堂の全ての商品が天然100%である」ことよりも「天然なのか・合成なのかを含め、可能な限り情報をオープンにすること」が大切だというスタンスを取るようになっています。料理で喩えれば「味の素をちょっとでも使ったらそれは料理ではない!」というような態度はとらず、お客様が好みに応じてフェアに商品を選べる環境をつくることが大切だという考えです。

こうした考えのもと、OKOLIFEのお線香は、原材料を全て公開しています。天然100%のものもそうでないものも、オープンにフェアに扱うという考えからです。

働き方を変える:よく働き、よく遊ぶ会社に

もうひとつ大きく変えたのは、働き方です。父は良い意味で私生活と仕事の境目が明確には存在しないタイプで、平日に割とゆっくりしていることもあれば、休日にがっつり仕事をしていることもありました。「お店はできるだけ開けておく、お客様第一主義」といった雰囲気で、休日や閉店時刻以降にお客様がいらしても可能な限り対応しましたし、まとまった長期休暇もあまりなかったと記憶しています。その為、スタッフにも臨機応変な対応が求められることになっていたと思います。

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これは良い悪いではなく、私の感覚とかなり違っていました。私はスタッフみんながよく働き、よく遊ぶ会社にしたかったからです。具体的には、残業ゼロ(もちろんサービス残業はナシ)、有給100%消化を奨励、ゴールデンウィークと夏季、年末年始をそれぞれ一週間程度の全社的な休業を目指したいと考えていました。「天然」表記と同様、これもまた大きな思想の違いですので、5年から10年ほどかけてすり合わせていきました。

たとえば、私たちの世代のスタッフが有休をとろうとして、父がちょっと面白くなさそうなときには「社員がしっかり休んでいると、ぼくも休みやすいよ」とか「時代的に労働基準法を遵守する重要性が……」とか、そんな話を少しずつしていきました。長期休暇に関しては、あまり父とぶつからないように意識して、1年ごとに0.5日程度じわじわ増やし、現在の日数に近づけていきました。

また、社員間で贔屓や差別が出ないように、フェアな制度化を意識したこともよかったと思っています。そのおかげか、事業を継ぐ過程で退社することになった社員の方も、いまでもお店に顔を出してくださいますし、現在の社員はみんな終業時間の18時ピッタリに必ず帰ります。法令順守はもちろんですが、フェアネスを担保すると、余計なことをお互いに気にせず業務に集中できますし、アフター6や休日も元気に過ごすことができると思います。

事業環境の変化と向き合う:香木の「バブル」への対応

以前の記事でも記した、2011年頃に起きた香木バブルにどう対応するかが、経営的には最大の悩みどころだったかもしれません。

中国のお客様から大量の注文があるなかで、限りがある香木の在庫を、いくらで、どのくらい販売するのか。意思決定の指標も見えてこないなかで、いわばふたりの「主観」をぶつけ合う時間は、事業を継承する過程でもっとも苦しい時間だったかもしれません。

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最終的には、いま失われつつある上質な香木が新たにゼロから育つまでの間、香雅堂の香木の在庫がなくなってしまわないようにする、という条件で販売するというところに落ち着きました。

香木バブルと在庫の関係について真剣に考えた経験は、いまのお香の定期便 OKOLIFEをはじめとする新規事業の立ち上げとも大きく関係しています。香木とその販売というビジネスを持続可能なものにする、という思いが揺るぎないものになったからです。その意味では、この過程もまた、事業を継ぐうえで必要だったのかもしれないといまは考えています。

それから

いかがでしたか? あまりにも個別具体的な話をしてしまった気がしています。とはいえ、どんな家業も企業も、ひとりひとりの人間が集まって運営されているわけですから、どれも一般化できない特別なケースだと思います。あくまで私たちの場合、ということで、どこかしらが参考になれば幸いです。

【連載】お香と100年、生きてみる
オープン・フェア・スローをキーワードに活動する香木・香道具店「麻布 香雅堂」の代表・山田悠介が書くnote。謎に包まれた和の香りの世界のことを、様々な切り口から紹介させていただきます。既にお香が好きな方に、潜在的にお香を必要としている方に、この連載を通じて少しずつご興味をお持ちいただけたら嬉しいです。

【プロフィール】山田悠介
香雅堂代表。1986年、東京の麻布十番に生まれる。「悠さんのランドセルは香りでわかる」と言われる様に和の香りと共に育ち、約10年前から香雅堂に関わる。テニスを中心としたスポーツ・村上春樹さんをこよなく愛する、2児の父。家業・家庭・自分の時間、細く長くバランスよく、中庸に100年生きることを目指しています。

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編集協力:OKOPEOPLE編集部

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