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自分の事⑥夢の舞台まであとひとつ~超一流の三流人生

棚からぼたもち状態でN高校野球部に入部したお好み青年。
セレクション組みとして春休みから練習に参加しました。

ギプスも取れた時期に一年も徐々にグランド内にて練習参加。
そこで見た光景は…
井の中の蛙状態でお山の大将の小中学生を過ごして来た私にとって周りの同級生達のレベルの高さに意気消沈。

どう考えても自分が活躍できるレベルではなかったのです。

どうすれば自分の居場所を確立出来るか。
自分は自他共に認める運動音痴。
特に球技は苦手だ。

やはりそこは自分の真骨頂である【目立つ】事。
プレーで目立つ事は無理そうなので、兎に角元気いっぱいに声を出す!!
「うるせぇ!」と言われてもめげずに声を出す。
グランド内では常にダッシュ(足は遅いので素早い訳ではない)。
違う意味で大分目立った為に、先輩方から‪”‬丁寧なご指導ご鞭撻‪”‬を頂く毎日でしたが。

結果的に新チームになった一年生の秋から一度もメンバーを外れること無く6度のベンチ入りを果たします。

………

散々書いていますが、私は何をやっても【超一流の三流】
野球は決して上手くありませんが、上手く見せるのがとても上手い。
要領の良さだけで3年間を過ごしました。

さて、小学生の頃からの夢
【N高に入って甲子園出場】はどうなったのでしょうか??

三年生になり、いよいよ気合いも絶頂を迎えた春季大会で夏のシード権を獲得したN高校。
くじ運もあり、一回戦から神宮球場。
順調に勝ち進んだ我が母校は準決勝で春の東京を制したS学園
下馬評を覆した快進撃で勝利して決勝戦へ。

あとひとつ

あとひとつで小学生からの夢が叶うのです。

そりゃあもう狂ったように気合い入れて望みました。

結果は惨敗。10点差をつけられて惨敗。
(決勝戦だけはコールドがない)

夢は叶いませんでしたが、負けた瞬間は【ホッとした】という感情が大きかったですね。

最後【思い出作り】で決勝戦に出場させて貰い、守備にも打席にも立たせて貰い、大応援団の応援も受け …

こんな下手くそがここまで出来たんだ。という達成感。
清々しい気分でした。

努力すれば野球の神様はチャンスをくれる。

私は何度もチャンスを貰いましたが、それを活かす事が出来ずに二年生にレギュラーを取られた補欠の三年生。

そして

「もう明日から野球をやらなくて良いんだ」という安堵感でいっぱいでした。


閉会式

銀メダルをかけて貰い、誇らしい気持ちでいっぱいでした。
胸張って帰ろうぜ!!
なんて言いながら。

そして帰りのバスの中

このタイミングで監督から、明日の予定を告げられるんですね。

「…。」

何もない…

そこで我に返りました。

もう明日からこの仲間と野球が出来ないんだ。
毎日毎日「明日こそ辞めてやる!」って言い合いながら励ましあいながら、歯を食いしばった血と汗と涙の混じったグランドに行く事が出来ないんだ。

と、思ったら涙が止まりませんでした。

みんな泣いてました。

きっと皆同じ気持ちだったんだと思います。

こうして私の夢は幕を閉じました。

………

「決勝戦で負けても一回戦負けも同じ」
って言う人いますが

本当に同じでした。

何処で負けても甲子園に出場する高校は一つだけ。
それ以外は出てないんだから。

それに、どの高校も負けたのは1回だけ。

同じなんです。

残ったのは銀色のメダルだけでした。

甲子園を観ていて
「今年の東京は弱いな」とか
「やっぱり北海道はすぐ負けちゃうな」など言ってる人がいますが、そこで野球をする為に何千校の何万人の球児が涙を流したのか分からない人には言って欲しくない…

………

来年うちの次男坊が、高校野球部の入学が決まりました。
もう一度甲子園を目指す事の出来る幸せを感じながら、出来る限りのサポートをしていきたいと思います。

頑張れ!
次男坊

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