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【小説】窮屈な電車

 わたしは電車が停まっているうちに車輌を移るべく、ずんずんと歩いた。

 連結部の貫通扉をえいやと開くと、沈んだ緋色の椅子はすっかり埋まっている。

 日に焼けた丸い輪の吊り革は誰に掴まれるでもなくぞろりと垂れ下がり、大きな窓からは長閑な田園風景が覗いていた。
 一枚の硝子を挟んだ向こう側の青々とした草木はノスタルジックな風合いで風になびいている。
 しっかりと閉じられた扉のうえには停車駅の案内図があったが、ひどく色褪せていて文字を読むことはできなかった。

 わたしは次の車輌へと移る。

 今度の車輌は先ほどよりもひとがいた。
 当然椅子は埋まっており、吊り革に絡む手も幾つか。

 それにしても圧迫感がある。窮屈で、何やら息すらしづらいような心地である。

 立つひとの合間をするりと抜けながらふと窓へ目をやり、ややあってから合点がいったわたしはひとり、顎を引くようにして頷いた。

 窓の向こう側にもいるのである。
 逆光になってしまっていてその表情はよく見えないが、まるで車内にいる者たちと同じような風情で立っているのである。
 これだけひとの目があれば、圧迫感もあろう。

 わたしは次の車輌へと移る。

 連結部の貫通扉をえいやと開くと、先ほどとは打って変わって解放感があった。

 原因など、考えなくてもひと目でわかる。乗客の数が少ないのだ。

 長椅子の擦り切れた背もたれが多く目につき、窓からは燦々と日射しが注いで、素朴な静けさがあった。

 わたしは直接日射しがはいらない西側の席に座ろうとしたものの、遠慮なく股を広げ長い脚をどしりと地につけた男がいたものだから、渋々とその向かいに腰をおろした。
 膝のうえに黄色の日が落ち、じりじりと炙られる。じきにわたしの膝は暖かいを通り越して暑くなるだろう。

 そんな思いに耽っているうちに、ごとりと電車が動き出した。

 順調に走り出した車輌は、がたんがたんと一定のリズムで揺れる。

 わたしは己の膝に目を落としたままであったが、ふと想定とは違うほうに遠心力を感じて顔をあげた。
 なんと、電車がゆっくりとUターンをして、来た道を戻っているではないか。

 膝を照らしていた日が陰り、そのぶん向かい側に光が射す。
 内心ついていると思いながら、しかしそれ以上の疑問が湧いた。

 どこまでも続く田園を電車は躊躇することなく走り抜けていく。

 わたしは暫し茫然とし、青々とそよぐ背の高い草っぱらを眺めていた。
 それは相変わらず長閑で、おかしなところなどないよう思えた。

 そうしているうちにも電車はごとごとと走り、ふいに朴訥とした風景に取り残された車輛が目にはいる。

 先にわたしが通り過ぎた車輌であるとすぐにわかった。発車の折り、あの車輌だけ切り離されたのだ。

 ぽつねんと取り残されたそれは、山吹色の車体が隠れるほどに、周りにひとが張りついていた。

 よく見ればそれは皆、子供の姿をしていた。
 遠目であったが、様々な年の頃の子供がいるのだと見て取れる。それが側面にも屋根にもみっしりと張りついていて、車内の人間たちを見つめているのである。

 嗚呼、あの子たちは車内にいる者らの子供なのだ。

 ぴんときたわたしはまたひとつ頷いた。

 そうして、わたしが納得している間にも幼い彼ら彼女らに覆い尽くされた車輌はだんだんと遠ざかり、やがて平穏な青海原だけが延々と彼方に広がるのであった。

<終>


最後まで読んでいただきありがとうございました。
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