三菱一号館美術館「ヴァロットンー黒と白」感想
三菱一号館美術館で開催されている
「ヴァロットンー黒と白」を観に行きました。
展覧会の概要と訪問状況は下記の通りです。
【訪問状況】
日時:日曜日午後
滞在時間:14:30~16:00
混雑状況:次々にお客さんが来てましたが
混雑しているというほどではありませんでした。
感染症対策:入口で検温、手指の消毒
写真撮影:「Ⅱ パリの観察者」のエリアのみ可
展示構成は下記の通りでした。
以前ヴァロットンについてシニカルな作風のイメージがあったと書いたのですが、今回はそのシニカルさが存分に味わえる展覧会でした。
普段の展覧会では「きれいな作品だな~」という感想を持つことが多いのですが、思わせぶりなタイトルと相まって「この作品はどんな意図が込められたものなんだろう?」と作品の制作意図を知りたくなるスリルとサスペンスに満ちた内容でした。白と黒の線と面のみで視覚的な魅力を伝えると同時に、人間や社会という曖昧なものも表現するところに凄みを感じました。作品はほぼ年代順に展示されていて、ジャーナリスティックな主題から出発し、芸術性を突き詰めた円熟期を経て、晩年またジャーナリスティックな主題に回帰するという作風の変遷もとらえることができました。ヴァロットン作品に漂うシニカルさは芸術家特有のペシミスティックな性格によるのではないかと勝手に思っていたのですが、今回の展示を通してむしろ社会と真正面から向き合う生真面目さ(なので評価やお金というものも疎かにしない)によるものだったのではないかと印象が変わりました。
特に印象に残ったセクションと作品は下記の通りです。
◆フェリックス・ヴァロットン「老年のレンブラントの肖像」1889年
レンブラントの自画像を模写した作品でした。元々人物と背景の境目が曖昧な絵だったのではないかと思うのですが、輪郭線など足さず見たまま人物と闇が溶け合うように版画化しているところにヴァロットンの几帳面さを感じました。
◆フェリックス・ヴァロットン「カエサル、ソクラテス、イエス、ネロ」1892年
まるでCDのジャケットのような作品!現代にも通じるデザインセンスが表れていました。
「Ⅱ パリの観察者」では当時のパリのエネルギーが感じられると同時に歪さも表現されていて、ヴァロットンの鋭い観察眼が活かされていると同時に正義感も発揮されているように思いました。
◆フェリックス・ヴァロットン「歌う人々(息づく街パリ II)」1893年
この作品は当時のパリの人が吸い寄せられるような華やぎが表れているように思いました。他の作品は割と人物が無表情なものが多いのですが、こちらは人々の表所の柔らかさが印象的でした。
◆フェリックス・ヴァロットン「挿絵『罪と罰』」1901年
こちらは実際に作品が展示されているのではなく書籍の挿絵をスライドで展示していたのですが、経済格差、宗教、公権力の横暴など当時の社会問題を抉り出していて重いものがありました。現代にヴァロットンが生きていたらどんな表現をしただろうと思わされました。
「Ⅳ アンティミテ: 親密さと裏側の世界」は木版画家としての名声を確立した後に発表した連作が取り上げられており、造形性、そして人間の内面を見つめる視点ともにヴァロットンの円熟味を感じるものでした。特に「楽器」シリーズは華がありつつもなぜか孤独を感じる作品で、一つの到達点を示しているように思いました。
◆フェリックス・ヴァロットン「フルート(楽器 II)」1896年
演奏者の顔が仮面のようで、実際にはどんな表情で吹いているのだろうと気になってしまう作品でした。フルート自体は簡略な描写で、楽器というタイトルながら作者の関心は演奏者の方にあるように思いました。
◆フェリックス・ヴァロットン「ギター(楽器 Ⅴ)」1897年
こちらは演奏者よりも窓の外に見える南国風の植物に目が行くのですが、異世界に迷い込んだような感覚がありました。音楽には一瞬で人の感覚を別世界に運ぶ力があると思うのですが、その力を視覚化したような作品でした。
◆フェリックス・ヴァロットン「ヴァイオリン(楽器 III)」1896年
演奏者を後ろから捉えた構図が斬新で、自分の世界を持つ人のダンディズムが表れているように思いました。暖炉のある部屋でヴァイオリンを弾いている作品なのですが、暖炉のオブジェの上に展示されていてスタッフの遊び心を感じました。
◆フェリックス・ヴァロットン「〈アンティミテ〉 版木破棄証明のための刷り」1898年
木版画は希少性を保つために決められた部数を擦り終わると版木を破棄するらしいのですが、シリーズの版木を部分的にカットして組み合わせて一作(破棄の証明にもなる)にするというアイデアに驚きました。ダイジェスト版のような趣があり、とてもおしゃれな試みだと思いました。
「Ⅴ 空想と現実のはざま」は木版画に一区切りつけた後、再び「万博」や「第一次世界大戦」といった時事問題をテーマにしたエリアだったのですが、ヴァロットンの表現せずにはいられないという作家としての性のようなものを感じました。
◆フェリックス・ヴァロットン「有刺鉄線(これが戦争だ! III)」1916年
有刺鉄線にからめとられた兵士の亡骸を星が明るみに出しているのか雪が覆い隠そうとしているのか解釈が分かれるところですが、いずれにしても戦地で起きていたことの凄惨さが伝わる作品でした。
作品の雰囲気に合わせて壁紙の色を変えたりところどころに連作をアニメーション化したVTRがあったりと、展示の工夫も印象に残りました。新年早々濃密な時間を過ごせました。会期まだありますので、気になっている方は早めに行かれることをお勧めします。
余談ですが、本展は作品リストの紙での配布はなくPDFをダウンロード、また音声ガイドも有料アプリをダウンロードするという仕組みでした。なんとなく展覧会も新しいフェーズに入ったのかなと感じました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?