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9.11 夕景をさがしにー利尻岳⑦

ー下山、そして利尻よ、さらばー最終話

7:30、利尻岳頂の神社に「また来ますから」と手を合わせ、頂上を後にした。
最初の一歩、利尻岳の崩落して切れ落ちた斜面を望み、少し後込みしそうになる。
相変わらず、足は運びづらい。
ゆっくり、丁寧に一足ごと、置いていく。
急に右股関節が痛くなった。何で?
さらに何で?と思いながら、小さくポツンと見える長官山避難小屋の赤い屋根をめざして下りていく。

8:00、長官山避難小屋に到着。
予定では、今日は下山してテントでゆっくりコースなので、と、またのんびりを始めたが、何だか居心地が悪くなったので、下山開始。
 ようやく起きたのであろう放浪の彼も登ってきた。
やあやあ、と挨拶して、また、どこかで会おう!と別れる。
この先、彼はどんな地で、どんな人たちと出逢い、どんな有意義な人生を送るのだろう、と登っていく彼の後ろ姿を見送った。

ガスってきた山頂。天候悪化の兆しかな。


長官山を過ぎたあたりからガス(濃霧)に包まれ、その後、小雨となった・・・朝食をきちんと摂っていなかったので、小雨のうちにと、お湯を沸かして、適当な場所で適当なものをつくって食べた。
再度、ザック内の防水を確認し、デジカメと携帯電話は厳重に重ねての防水措置をとる。
下山するごとにどんどんと雨足は強くなり、周囲の木々に触れるたびパラパラと雨滴までかぶりながらの下山となった。10年以上も使っている雨具は、いくらゴアテックス生地とは言っても、さすがにベショッとなって、まるで情けない状態になっている。張りがない・・・もう15年選手にもなる装備もあるもんなあ。山の装備などは、愛着があって、なかなか替えられないんだよなあ。

さすがにこの天気では登ってくる人も少なく、延べ15~16人位だろうか。
みな言う言葉は一緒。
「上(頂上付近)も、雨なのですか?」
そして、ぼくの答える言葉も一緒。
「8時過ぎまでは晴れていたんですけれど・・・たぶんもう上も・・・」
と言うことしかできないぼくは、昨日のテント場での旅人キャンパーと同じだナ。

結局、同じ目的で、同じ道を歩くとしても、時間が違えば、受ける環境は異なる。簡単なことなのだが、これはかなり大切なことだよなあ、と思う。

しとしと、ズルズルと登山道を下っていると、体は無条件にこの不快指数75%(靴の中や下着まで濡れていないので、不快指数75%としておく)の環境を脱出したがっているようだ。だから、頭の中も重荷や下山していることへのつらさや痛みなど考えない。ただ、ただ、体を下に動かすことに無心になってくれている。そこが、また、精神的に白く沈殿していくようで、好きな瞬間なのだ。

 頭に、さっさっと魅惑的な言葉がよぎった。 放浪の彼が、昨夜、言っていたのだ。やはりパンフレットまで見せてくれた。
「鴛泊にある、利尻富士温泉、最高っスよ」、と。
「400円だし、露天風呂から利尻岳頂上が見えるんスよ」
と。頭の中で、早く温泉に浸かりたいという願望がぐい~んと強くなっていくようだ。

1 0:05、ずぶ濡れになって甘露泉水の「あずま屋」に到着。

マイヅルソウの実


ツバメオモトの実

ぼくは雨具をかぶっていたのでわからなかったが、屋根の下には、先客がいて、外国人の男性のようだ。その状況に気づいたぼくは一瞬、ただ笑うことしかできなかった。
これから登るのだと言う。
たいした会話や情報提供もできないまま、精一杯の単語を並べた。
彼も○○○と応えてくれたが、その英語を聞き取れなかった・・・。なんて、言ってくれたのだろう・・・

 あずま屋の中で、ザックの中を整理したり、またコーヒーを沸かして過ごした。虫除けに使ったハッカ油は、風が通るたび余計に肌寒さを感じさせた。

今日は、これからどうしよう・・・、というのがぼくの当面の課題だった。

 温泉、濡れて待つテント、濡れたザックたち、冷えた体と軟弱な意志・・・結論のでないまま、甘露泉水を観光に来ているツアー客で賑わう登山口に着いた。下山届けを提出し、140円のコーラを買い、天気予報を管理人さんに聞いた。 

 そしてその返事を聞いて気持ちは決まった。
帰ろう、もう帰ってしまおう、と。

 テントをすぐ撤収して、ザックの中の着替えを上部に入れ替えた。キャンプ場のトイレでは「山のトイレを考える会」という人たちが「のぼり」を立てていた。なんでも、今日が山のトイレを考える日だったのだそうだ。そんなキャンペーン中だったことを、初めて知りました!
現在の登山ブームは、登山者の入山を急増させ、ゴミ以外にも、その排泄物による環境負荷や処理が大きな問題になっている。

 アスファルト道を鴛泊へと、てくてくと「温泉一筋なのだ」と歩いた。道もきれいになっている。道路沿いの施設もすっかりと充実している。この歩いて鴛泊の街まで約1時間の道も、ずいぶんと変わった。あの若い頃はキャンプ場から鴛泊まで何度も買い出しに通ったのだ。行きにタクシーを使ってしまったぼくも軟弱に変わった。この道も変わったし、ぼくも変わったのだなあ。

 立派な温泉の恩恵にあずかり、露天風呂で、ゆっくりと足を伸ばしていった。あーやっぱり温泉だよなあ、と体中がつぶやいているようだった。 昨夜の小屋で一緒だった最後に来た人と温泉で再会し、一緒にフェリーターミナルまで山の話をしながら並んで歩いた。 

礼文島に渡るという彼に、餞別代わりにとリンゴを一つ手渡した。 再び、「ウニ丼日本一」の食堂のおばちゃんのところへ報告を兼ねて行った。「無事、行ってきました!」
「昨日は、あれから晴れてきて、いかったっしょ! 楽しみにしていた夕焼けは見られたかい?」「はい、良かったです、中学生たちはみんな元気でしたねー」
 また、ボリボリと頭を掻き恐縮しながら「塩ラーメン」(600円)を注文した。
「これ、地物だからおいしいよ」
と、トマトをそっと差し出してくれた。
皮が固くて、味のつまったしっかりしたトマトだった。そんな力強い島のトマトだった。

ーあとがきー

 旅ではなかったなー、結局いつもの勤め人の登山だナーと、自分の軟弱ぶりさを反省し、さらには帰路のフェリーは大揺れで具合が悪くなる中で利尻島を小さくしていったのは、どこか自分にさみしい感じがした。

 放浪の彼との一夜の出逢いが、ぼくに何かを感じさせてくれたのだろうか。 旅とは、一体何なのだろう。 短い間だったけれど、出逢えた人たちはみな温かだったなあ。
 
 利尻を離れる前、フェリーターミナルのトイレ(大)で出逢った落書き・・・

 転ばないように 泣かないように 
 痛い目にあわないように 歩くなんて 
 きっと つまらない-

①編から、長文駄文をお読みくださいまして、ありがとうございました。



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