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北大雪・平山

日程:2003年8月23日
メンバー:Tくん、ぼく

 快晴の一日を約束している朝の光を浴びたのどかな駅舎前に、ふらふらと呑気に自転車に乗った高校時代の山岳部の後輩Tくんが約束通りの時間に、やあやあとやってきました。彼は、とても情緒が安定した礼儀正しい友なので、好きなんです。
彼は、仕事の傍ら、登山道整備などの活動もしていて、そんな気心知れた奴との二人きりの登山です。

 この日、ぼくたちが向かった先は、平山(ひらやま 1,771m)。
ぼくたちが高校生の頃から、幾度と通ってきた馴染み深い山です。

     広大な大雪山の中でも非火山地帯であり、中でも高山植物の種類数は群を抜き、また氷河期の落とし子と云われる特別天然記念物・ナキウサギが生息している静かな山であります。手頃なのですが、ガイドブック等に取り上げられていない山のため、訪れる人はよほどの地域の人か、山通の人でしょうか。

     この日も、登山口に設置されている登山届帳を見ると、先行者が1名ほどでした。 
(実際には、先行者は2パーティ、6名でした)

 お互いの近況や過日の追悼登山、仲間たちの話をしながら、てくてくと森林帯へと緩やかに続く径を歩きました。朝の光がプチプチと森の中ではじけ、清冽な滝たちや生まれたての水のほとばしりに涼しさを感じ、タカが舞う空へと向かっていきました。

「こないだ、高校山岳部OBで立ち上げたメーリングリスト、なんか寂しいよね」 
「あんなものじゃないか、と…(笑)」
「どうします、ネパール、行きます?」
「う~ん、ピークを踏みたいのか、トレッキングでいいのか、まだ思案中かな」 
「あのKセンセイも計画したら行くゾって云ってましたよ、Iさんも再び行きたいって」
「そっかあ、でも、今のオレたちの体力や技術、予算ではねえ(笑)…」

 やがて、第一雪渓に到着すると、なんとまだ雪渓が残っており、そのスカイラインに秋の紺碧の空に雲が彩られています。そして雪渓付近には、早春に咲くエゾノリュウキンカの新鮮な黄花が咲き乱れ、周囲にはチングルマ、エゾコザクラやアオノツガザクラ、ハクサンイチゲといった夏の高山植物たちも一緒にまだ咲き乱れているのです。 

「この山の、この時期に、雪渓なんて、いつも残っていたっけね?」
「今年は冷夏だったからですかねえ」
「それにしても、贅沢な光景だよねえ、春、夏、秋、み~んな感じられるもんなあ」

 その雪渓から冷たくほとばしる水で顔をバシャバシャと洗い、爽快な風に頬が乾かされていく時間を感じていると、ここへ来たかった自分というものを、つくづくと感じました。

     ナキウサギたちが金属音のような鳴き声を、キチッキチッと鋭く発して、響かせています。

 ナキウサギたちが暮らすロックガーデンの横を通り過ぎると、やや地味な秋の高山植物たちが迎えてくれます。チングルマもススキの穂のような白い種をそよがせています。
ウラジロナナカマドが赤く結実した向こうに、紅葉の始まった比麻良山から天狗岳までの柔らかな山肌が連なり望めます。

「この平山は、なして登山道なんて付いたのかなあ、目立ったピークでもないのにね」
 「昔、といっても昭和40年位まで馬橇で、層雲峡との間を、木材を運んでいたらしいですよ」
「だから、径の付け方が緩やかで安定しているんだね」
「そうですよね。 村の、今60歳代の人が若い頃に働いていたっていう話だから」 

 こうして地域に精通した人と山に触れると、その山の人との関わり合いがわかるので、ぼくは好きです。もちろん山にも民俗や文化というものがあると思っているからです。

 ぼくたちの足で2時間弱、低いハイマツ帯に迎えられ、山頂分岐点に着くと、目の前に層雲峡を挟んで表大雪の姿がずらりと飛び込んできます。愛別岳から北鎮岳、黒岳や赤岳、そして王冠のような形をした遙かなるトムラウシ山まで望めます。
急峻な大槍を抱えるニセイカウシュッペ山、台形にどっしりとした網走管内の最高峰である武利岳、見事なまでの眺望です。

 ぼくたちは、快晴の下、どしりと腰を下ろして、ゆっくりと昼食にします。
 「山に行きたいって人、結構、周りにいるんですよねー」
「やっぱり初心者の人だけじゃ不安だろうしねえ。誘ってあげたら?」
「そうですよね、いろいろと楽しく話をしながら、登りたいですよねー」

 「こんにちはー」

やがて、クマ除けスプレーをザックに装備した一人の誠実な青年がやってきました。
M大学で構造土の研究を、この山域をフィールドにして調査しているようです。

     氷河期の周氷河作用の象徴でもある構造土(土壌の凍結・融解作用によって、砂礫などの地表面に幾何学的な模様が描かれる地表現象)が、この山域にもあったとは初耳で驚きました。

 「来年の就職は決まっているんですけれど、山と北海道が好きで、こんな研究やってます」
 「すごいなー、地元の学芸員を紹介するから、訪ねたらいいですよ」
「ありがとうございます、北海道や、この村は、いいですよね」
  「そこらへんの地域のおじさんに訊いたら、いろいろと何でも親切に教えてくれるさ」
「今日で4日連続、この山に来ているんですよね、冬にも来てみたいですね」
「で、どんなことしてるのさ?」
 「この航空写真と現地と見比べながら、こうして構造土の分布をまとめようか、と」
「難しそうだね、いいね、若いって、うんうん、戻りたいねー」
 ハキハキと礼儀正しい、実にしっかりとした青年であります。
 久しぶりに山でさわやかな人に会ったナ、と思いながら、ぼくたち2人は下山しました。

下山後、地名発祥の地の川のポイントでニジマス釣りを楽しくしました。黒のスプーン10gが入れ食いでした。
充実した1日を過ごせたのは、Tくんのおかげです。

(カバー写真は、7月に山頂分岐から撮影したものです)

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