夢の扉

アシュラ2020公演応援特別企画

早咲きの桜がその蕾を開き、春の訪れを待ちわびたかのように咲き誇る花壇の花達の隙間に偶然、彼らは現れた。彼らはどこから来てどこへ帰るのか、誰も知らない。ふと気付くとそこにいて、ある日突然姿を消す。
「あ、はい。分かりました。それでは後程。」

建ち並ぶオフィスビルの一角に私の勤める仕事場がある。様々な用件で電話が鳴り、メールが、書類が届く。社会に出てやっている事は事務作業。
「はぁ。。。」ため息をつきたくなるのは仕方のないことか。
「さて、お昼~♪」
春の訪れを待ちわびたかのように咲き誇る花壇の側に彼らはいた。

「あれ?」
そう。つい先日まで居ないことなど忘れていた。「君たちはどこから来るの?って伝わらないか。」春の陽気に誘われて私は近くの馴染みの店で昼食を済ませる。ここの定食は本当に美味しい。店を後にすると私を待っていたかのように彼らは唐突に、そこにいた。

付いてこいとばかりに歩き始める彼らに私は何故だか抗う事が出来なかった。抗うという思考が働かなかったのかもしれない。彼らはやがてその歩みを止めた。
「君達、ここは?」
「にゃ~。」
一匹の《猫》がそう答える。

「伊丸岡た~いちょ~!」
「ん?新山どうした?」
「どうした?じゃないですよ。これから任務開始ですよ?しっかりしてください!」
「ああ、悪い。どうやら悪い夢でも見ていたようだ。」
「隊長が、珍しいですね。」
「秋生。これだけは言っておく。」

「我々は新生人種について知らなすぎる。テレパス、透視、予知。それから念導力。一般的には超能力と呼ばれた力だが、今やそれは旧人類において驚異だ。」
「だから我々のような特殊部隊が必要になった。」
「あぁ、その通りだ。だが、急造の部隊だからと言って命だけは粗末にするな。」

「はい!」
「よろしい。新山、状況は?」
「敵、新生人種の数は不明。2時間前までこの辺りのサイコノイズセンサーに多数の反応がありました。」
「了解だ。準備はいいな?」
「「はい。」」
「よし、現時刻をもって作戦開始とする。突入だ!」

「ここは?」
私の周りにいた彼らは姿を消していた。特段、普段の職場近くの街並み。いつもと変わらない空気。それでも残る違和感。
「アシュラハウス??」
しばらく歩くと私の目の前に現れたそれは集合住宅。
「こんなアパートあったかな?」
恐る恐る私は足を踏み入れる。

「いいか。気を張っているばかりではいずれ疲弊する。休息も立派な任務だ。では、解散。」

「おい、いつもの。タバコは2つ。ちゅーるは3つだ。」
「あいよ。」

「お前等、相変わらずここにいるのな。別に行くところはないのか?」
「にゃ。」
「なんだ、ないのか。仕方ない。ほれ。」

恐る恐る足を踏み入れた私の目に飛び込んで来たのは軍人??っぽくないが、服装からそう判断出来る人間だった。私は物陰に隠れ、様子を伺う。

「おい、お前はさっきやったろ。順番だ。順番。」

見ると男性がタバコを吸いながら花壇の隅に座り、猫にちゅーるを与えていた。

「!!誰だ!?」
物音は立てていない。。。はず。
なのにバレた。
「あ、あの。すみません。その。。。」
「なんだ?見たこと無い奴だな。」
「すみません。突然。でも、ちゅーる、、、
ですか。」
私は男性が持っているそれを見ながらそんなことを言っていた。

「ああ、これか。この辺りの野良猫がどうやら住み着いたらしくてな。まぁ、ほっとくわけにもいかんだろ。」
「可愛い、ですよね。。。猫。」
「お?分かるねぇ。よし、一つちゅーるをやろう。お前も一緒にやるといい。」
「あ、ありがとうございます。」
私は男性と並んで座りしばし待つ。

「いいか?こうするんだ。」
男性は伊丸岡哲夫と名乗り、猫にちゅーるを与えるやり方を教えてくれる。彼に習い、猫を膝に乗せると口元にちゅーるを持っていく。
「簡単だろ?」
「ええ。」
「猫はな、人間のエゴによって産み出された生き物なんだ。だから俺はこいつらをほっとけない。」

「猫、お好きなんですね。」
「ああ。こいつらを見てると嫌なことを全て忘れさせてくれる。こいつらのお陰で俺は戦場に行って帰って来れる。」
「戦場、、、ですか。」
「戦場だ。人を殺した手で俺は猫を抱く。その手で俺は猫にちゅーるをやっている。ほんと、勝手なもんだ。人間なんてな。」

私の記憶はここで終わり。
彼、伊丸岡哲夫が最後に見せた寂しげな、哀しげな表情だけは今もはっきりと覚えている。

私は、オフィスに戻ると事務作業を続けた。あの場所がどこなのか分からない。もしかしたらあの猫達が教えてくれた場所が《夢の扉》だったのかもしれない。

~終わり~

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