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沖縄こどもの国の歴史①

皆様こんにちは!早いものでブログも2巡目となりました!私は、沖縄こどもの国の歴史についてシリーズでお伝えしていこうと今決めました(笑)。ハリキッテ執筆しますので、どうぞお付き合いください!
 
 前回のブログでもお伝えしましたが、沖縄こどもの国の建設にあたっては、当時の特殊な社会状況を鑑み、南方同報援護会の皆様が中心となり「本土復帰にあたり、沖縄のこどもたちにプレゼントがしたい!」という想いが結集し、1967年4月に「沖縄こどもの国」の建設計画が決定しました。当時の『沖縄こどもの国完成構想図』がこちら!

すごいですよね!近未来的な建物や園内をモノレールまで走っています!

当時の構想は、『全体を自然公園としてまとめ、この中に動物園、猿山、水族館、こども博物館、国際村、屋外ステージ、子供用プール、熱帯植物園、キャンプ場、自由広場など児童の情操を豊かにする施設を設けるとともに、科学性に富んだ設備の遊ぎ場を設けます。さらに郷土の文化遺産に対する認識を深めるため高倉をはじめ各種の郷土の芸術品および文化財を集め、たとえば池に爬竜船や山原船を浮かべる等、幅広い設備を設置し、たのしく遊びながら学べるよう計画してあります。』(資料:『-沖縄のこどもたちに贈ろう-「沖縄こどもの国」を!』より抜粋)となっています。

プール等、以前はあったけど現在はなくなったもの、キャンプ場や国際村等未だ実現できていないものもありますね!当時の皆様が、どれほどの情熱をもってこの建設計画を立て、行動し、様々な関係機関と調整しながら賛同者・資金を集め、建設に至ったか、想像すると身が引き締まる思いがします。

この記事を書いている令和4年2月現在も、園内では大型リニューアル工事が続々進行中となっています。先輩方の想いを受け継ぎ、発展していく沖縄こどもの国に、これからもどうぞご期待ください!!

※このブログは、2022年2月に沖縄こどもの国ゆんたくコミュニティにて掲載されたものを再掲しています。

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