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No.1107 恩送り


高田郁さん著『みをつくし料理帖』は、TVドラマにも映画にもなりました。

「秋に蒔かれて芽吹いた麦は、冬の間、こうして雪の下で春を待つのです。陽射しの恩恵をじかに受けるわけでもなく、誰に顧みられることもない。雪の重みに耐えて極寒を生き抜き、やがて必ず春を迎えるのです。その姿に私は幾度、励まされたか知れない」

(高田郁著『みをつくし料理帖 残月』ハルキ文庫、「寒中の麦―心ゆるす葛湯」P290)

江戸随一の名料理店「一柳(いちりゅう)」の主人・柳吾は澪(みお)にそう語り掛けます。「誰に知られなくても、辛抱して、励むんだよ!」
と…。60代半ばの柳吾は、料理人としての腕を期待する澪に厳しい言葉をかけてきた人物です。後に「天満一兆庵」の元女将だった芳(御寮さん)と結ばれます。

年齢的に言って、人生の厳しい季節を迎え始めた私にも深く心に響いた言葉です。小学生の時、1月の終わりか2月の初めに、祖父に命じられ、吐息を白くさせながら「麦踏み」をしたことを思い出しました。
「踏みゃあ、根が張っち強うなるんじゃ!」
と、松宇爺さは言いました。耐えて忍んで、さらに踏まれたら、人間の心の根も一層強くなれたのでしょうか?

「あたしに言わせりゃあ、男も女も人生の仕組みがわかるのは七十過ぎてから。六十代なんざ、まだ青臭い若造ですとも」

(高田郁著『みをつくし料理帖 心星ひとつ』ハルキ文庫、「天つ瑞風―賄い三方よし」P122)

1959年(昭和34年)生まれの高田郁さんが、この本を著したのは2011年(平成23年)ですから、彼女が52歳の時に作品中のりう(おりょう)に語らせたセリフです。痺れてしまいます。

りうは、澪と芳が暮らす長屋の向かいに住む女性で、芳とは同い年の48歳。夫・伊佐三と、火事のショックで話せなくなった息子・太一がいます。澪の料理が評判になった「つる家」で、接客を手伝うようになったのですが、目端の利く、情に厚い、頼れる助っ人でもあります。
 
私は、70代を踏み始めていますが、人生の仕組みの何たるか、今もって分からずにいます。
「もそっと生きて、その奥をよーく見よ。」
との、どなたかのお計らいでしょうか?
 
さて、髙田郁さん原作のBS時代劇「あきない世傳(せいでん) 金と銀」が12月8日に始まりました。9歳の時に兄と父を相次いで失った主人公の幸(さち:小芝風花)は、
「買うての幸い、売っての幸せ。」
の精神を是とする大坂天満の呉服商「五鈴屋」に奉公に上がりました。明るく、知恵と才覚があり、また周囲の教えにも助けられ、度重なる苦難を乗り越え、女衆(おなごし)から御寮さん、御寮さんから女主人へと登りつめていく商才豊かなヒューマンドラマのようです。
 
そういえば、『みをつくし料理帖』のどの巻だったか、
「神さま、仏さまは、お前はんの才を潰さんよう、折々に必要な助言をくれる人を用意してなはるんやなあ。」
と御寮さんの芳(よし)が澪(みお)にしみじみと語るシーンがあったことをメモ書きしていました。この幸(さち)も、そんな人々との出逢いがあって、人として大きく成長していくようです。

こんな昼行燈のような私にも、そんな方々がいてくれました。そのご恩を少しでも「恩送り」できるような者にならないといけないのですが、なれぬまま今年も暮れています。


※画像は、クリエイター・odapethさんの、タイトル「水道筋界隈で日本酒が飲めるお店」から、たまいちさんのチロリの酒の1葉をかたじけなくしました。『みおつくし料理帖』の中に何度も出てくるチロリです。お礼申し上げます。