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No.669 恩師のコラムから「愛燦燦」「他人船」へと連想の糸が繋がって

10月5日の大分合同新聞「灯」欄の後藤宗俊先生のコラムに惚れ惚れしてしまいました。

「―髪の乱れに 手をやれば 赤い蹴出しが 風に舞う―
 ご存じ、作詞星野哲朗、作曲船村徹の『みだれ髪』。1987年、重い病のため長期入院した美空ひばりの復帰第1作としてリリースされた。その3番、
―春は二重に 巻いた帯 三重に巻いても 余る秋― 
 愛する人への身を焼くような思い。それにしても春に二重に巻いた帯が、秋には三重に巻いても余ってしまうというのはどう考えても誇張に過ぎると思っていたのだが、このくだりはあの『万葉集』から着想されていると聞いて、なるほどと思った。すなわち、
 ―一重のみ妹が結ばむ帯をすら三重結ぶべく我が身はなりぬ―(万葉集・巻4)
 大伴家持が大伴坂上大嬢(おおいらつめ)に贈った熱烈な求愛の歌のうちの一首である。大嬢は万葉を代表する女性歌人大伴坂上郎女(いらつめ)の娘で、後に家持の妻になった。
 この時代、人々は限られた言葉に自己の情念の全てを凝縮させて歌を作った。国文学者の中西進氏は万葉集の基本は『心の純粋さ』ということに尽きると言っている(『万葉の心』毎日文庫)。
 星野の歌詞を受けた盟友船村徹の哀切極まる旋律。これを、いまだ病癒えぬ中、見事に歌い上げたひばりの絶唱。この曲全体の基調に『万葉の心』があるのは確かと思われる。
 現代の流行歌と万葉の歌。あらためて昭和の大衆歌謡の担い手たちの詩的、音楽的水準の高さを見た思いである。」(別府大学名誉教授)

 秋の一日の朝、このコラムに出合い、高校時代に日本史を教えて下さった恩師の健筆に触れ、変わらぬ鋭いご指摘や感性の心豊かな世界に引きずり込まれたのでした。

 美空ひばりと言えば、「愛燦燦」(小椋佳作詞作曲、1986年)も忘れがたい名曲です。その3番の歌詞は次のようです。
「愛燦燦と この身に降って
 心秘かな嬉し涙を 流したりして
 人はかわいい かわいいものですね
 ああ 過去たちは 優しく睫毛に憩う
 人生って 不思議なものですね」

「ああ 過去たちは 優しく睫に憩う」と詩人が産み落とした言葉には、「ああ、過去の懐かしい思い出が、安らかにまぶたの裏に蘇る」意味を含ませたものと解釈していますが、私の記憶の片隅にハッキリと刻印されたような強い印象を残しています。個性が匂いやかに浮きたっています。

その意味で言えば、「他人船」(遠藤実作詞作曲、1986年)の歌詞にもやられます
「別れてくれと 云う前に
 死ねよと云って ほしかった
 ああ この黒髪の 先までが
 あなたを愛しているものを
 引離す 引離す 他人船」
 
「ああ この黒髪の 先までが あなたを愛しているものを」のフレーズを遠藤実という男性詩人が紡ぎだしたのです。与謝野晶子の歌の一節かと思えるほどの静かで情熱的な歌詞です。その人生の譜を見るに、人に対しての気遣いの休まる時はなかったのではないかと想像されます。そんな体験を通して、人々の心を揺さぶる命の言葉は生まれたのでしょう。
 
昭和の作詞家たちの個性的で研ぎ澄まされた感性が、言葉と旋律に託されて我々の胸深くに届きます。後藤先生のコラムは、私に二つの曲の歌詞を思い出させてくれました。

※画像は、やだゆう(八田唯宇)~エフォートレスライフクリエイターさんの「ココロを健康にするサプリ2〜勇気のコトバ」をかたじけなくしました。雄弁なイラストに感謝しています。