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No.1102 名もなきシェイクスピア?

8世紀後半の奈良時代に成立したといわれる『萬葉集』(全20巻)の巻12は「相聞往来歌」が収められています。「お互いの消息を訪ねる恋の歌」の意味だそうです。
 
その3004番は、次のような歌です。
「ひさかたの 天つみ空に 照る月の 失せなむ日こそ 吾が恋やまめ」
「天空に輝いている月が消え失せてしまうような日にこそ、私の恋は止んでしまうのでしょう。」
表向きはそんな解釈なのでしょう。

しかし、歌の心は、その奥にあります。
「天空に輝いている月が消え失せてしまうような日にこそ、私の恋は止んでしまうのでしょう。(しかし、天上から月が消えることはあり得ないので、私のあなたへの恋心が止むことは決してありません。)」
という、ちょっと理屈っぽくて、大仰で、気障なセリフです。

「君は、奈良朝のシェイクスピアか!」
と言いたくなるほど情熱的な恋歌なのではないでしょうか。思わず「そうきたかー!」と三嘆してしまいます。
 
『万葉集』巻12には、奈良時代初期から天平期にかけての、名もなき一般官人層の男女の相聞歌の種々が集められていると言います。この3004番歌が詠まれた年月日は分かりませんが、西暦700年代の作品でしょう。
 
今から1300年近くも前に歌を交わした男女の心が、今も新鮮に映るのはなぜでしょう?逆説的な物言いの中に籠められた恋の真実が、今を生きる我々の心の琴線に触れるからかもしれません。
 
科学技術や高度の医療は、日進月歩のようですが、人の精神レベルはすでに大昔から出来上がっているものなのでしょうか?『万葉集』は、今も心動かされる言葉に満ちています。


※画像は、クリエイター・まぐちゃんさんの、「2023年、中秋の名月と満月が重なった日。流れる雲が満月を隠していきました。」という1葉です。名もなき彼らも見上げた月ですね。お礼申し上げます。