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No.343 ラボラトリー(研究所)な人々

 「川柳 in the ラボ」(小冊子)とは、
 「年に一度、ライフサイエンス研究者の方々を対象に川柳を募集し、研究や実験にまつわる日常の悲哀や苦楽をユーモラスに表現した句を選考し贈賞したもの」
の作品集だそうです。サーモフィッシャーサイエンティフィックライフテクノロジーズジャパンという、えらく長くて、舌を噛みそうな名前の会社が編集しています。

 その小冊子・第6号(2018年)を読ませていただきました。冊子の見開きの頁は、
 「6年目を迎え、今年の『川柳 in the ラボ』はさらに深く、さらに切なく、そしてさらに面白くなりました。」
の言葉から始まります。受賞者の一例を紹介すると、
 最優秀人気作品賞 「怖いんです あなたの急な 思いつき」(笑顔でがんばろうさん)
  優秀人気作品賞 「あぁその日? 俺はいいけど ハエがダメ」(お腹痛いさん)
  優秀人気作品賞 「ホルマリン 俺の若さも 固定して」(マウス係りさん)

 人気投票に書かれた自由記入欄の記事が泣かせます。
 「みんな同じ辛い思いを抱えているんだなと、心の支えにしています」
 「関係者にしかわからない、コアな感じが好きです」
 「どれも少し悲哀を感じさせるところも、またオツです」

 採録された94句の中から、独断と偏見とバイアスと依怙贔屓と色眼鏡に満ち満ちた私のお好み川柳を選び、僭越ながら感想を述ました。研究者の哀愁が漂ってきます。
 「気になるの インスタ映えより ショウジョウバエ」(izさん)
 ●何をやっていても気になる憎いヤツの存在を、韻を踏んで紹介した秀句。
 
「押しボスの 触れたマウスに 嫉妬する」(実験大好きさん)
 ●こんなに惚れられる罪作りなボス。マウスに負けるな実験大好きっ子さん!
 
「遺伝子を キッタハッタの ラボ渡世」(Gaucheさん)
 ●昭和世代のヤクザな映画観が鳩尾に効きます。ラボな渡世も楽じゃない?
 
「『君たちも どう生きるかだぞ』と 細胞(セル)に説き」(顕微鏡越しの説諭さん)
 ●好きな句です。「セル愛」に溢れる、顕微鏡をのぞく眼差しの温かさ。
 
「バラツキに 細胞レベルの 個性みる」(えぞたぬきさん)
 ●細胞を擬人化した、えぞたぬきさんの視点の素晴らしさ。個性が輝きます。
 
「イメチェンを エピジェネティクスと からかわれ」(ウルトラマンINO80さん)
 ●エピジェネティクス(遺伝子のオンとオフを切り替える仕組み)とイメージチェンジをオーバーラップさせるなんて、ニクイ!イメチェンが刺激的だったのか?
 
「ありがとう いっときの夢 ミスデータ」(武蔵野TNKさん)
 ●天国から地獄へ?一瞬でも夢を見させてくれたmiss。ドンマイ、仕事人!
 
「試薬より からだに悪い ゼミ発表」(こんたみさん)
 ●わかる、わかるよその気持ち。試薬の上を行くゼミ発表の怖さアルアル!
 
「口出さず 手を貸す上司が 理想です。」(継代中さん)
 ●理想と現実のはざまで乱される心。理想の上司になりなよ、継代中さん!
 
「次世代機 認めたくない 旧世代」(Gaucheさん)
 ●困ったちゃんねえ!でも、便利にばかり頼っていては名医も名研究者も…。

 それにしても、前世代代表のGauche(ゴーシェ)さんの句に惹かれる私です。ふと、「Gauche」とは何か、気になり調べました。ゴーシェ病は、細胞内にグルコセレブロシドという物質が過剰にたまってしまう病気だそうです。1882年にフランス人医師のゴーシェによって第1例が報告されたため、ゴーシェ病と命名されました。

 肝臓、脾臓、骨髄にある細胞にグルコセレブロシドが溜まることで、さまざまな症状が現れます。肝臓や脾臓の細胞にたまると、肝臓や脾臓が腫れて大きくなり、お腹がふくれたり、赤血球や血小板が少なくなって、血が止まりにくく、貧血などの症状が現れます。また、骨髄にある細胞にたまると、骨折しやすかったり、骨の痛みが出たりするそうです。

 私の知らない様々な医療研究が、狭い(失礼、広い?)研究室(ラボ)で日々行われている訳で、そこに携わる人々の日々の哀歓が、十七文字に結実されていました。それらは、専門家同士の心の慰めや励ましにとどまらない優れた試みだと思いました。

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