見出し画像

No.803 私の中の名人

散髪をすると思い出す、ちょっと不思議な体験があります。
 
子供のころから高校卒業するまで父がバリカンで髪を刈ってくれました。丸坊主です。父の方は、田舎町に数軒しかない散髪屋さんですが、駅前のK理髪店の店主と何十年も懇意にしていたそうです。
 
父は54歳の夏の終わりに脳溢血で急逝しました。2学期が始まる日だったので、恐らくその数日前には、Kさんに散髪していただいたことだろうと思います。
 
私は大学生活を終え、就職先が決まり、大分で働くために戻ってきました。数年間は田舎の実家から通勤しました。さて、どこで散髪するかなと考えた時、ふと、K理髪店の事を思い出し行ってみました。
 
60代のKさんは、ご健在でした。ただ、背中の骨が後ろに飛び出し体が前にかがまって、せむし(傴僂)のようでした。昔は、「背中に虫がいる」と信じられたから「せむし」と言われたそうですが、ビタミンDの欠乏症が原因だそうです。歩きにくそうにしながらも元気に働く、話好きの人でした。
 
散髪も中盤に差し掛かったころ、Kさんは、こんなことを言いました。
「あんた、初めてんお客じゃな。」
「はい。」
「違(ちご)うからスマンけど、私の知り合いだった○○さんと、何か頭ん形が似ちょるんじゃが、あんた、○○さんち言わんかえ?」
「…。」
 
驚きました。Kさんは、父の名を言い当てたのです。頭の形で親子を言い当てることなどできるのでしょうか?このジャガイモのような形の頭が、「父親に似ている」などと一度も誰からも言われたことがありませんでしたが、指先で商うKさんの研ぎ澄まされた神経センサーが、医学や言葉では説明できない何かを感じ取ったのかなと思いました。本当に不思議な体験でした。
 
「ひょっとしたら、名人なのか?」
心の中で、そんな風に思いながら髭を当たってもらっていた時のこと、
「あ!」
と名人はおっしゃり、慌てて熱いタオルを私の顎に当てました。髭剃りを失敗する名人でもありました…。
 
あれから40年が経ちます。Kさんは、再び父の散髪をして下さっていることでしょう。
 
「散髪の分け方問はる木の葉髪」
 高澤良一(1940年~)


※画像は、クリエイター・てっちゃんさんの、タイトル「どこへ行こうかな。」をかたじけなくしました。あの日のことを思い出す1葉です。お礼申します。