【朗読】合鍵にキスをして
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【概要】
あらすじ
私はOLで、彼は職場の先輩。
職場で大好きな彼を見るだけで、ドキドキする。
彼のお部屋ではソワソワする。
何気ない仕草にキュンとする。
彼が他の女の子と仲良くしてたら、どうしたって嫉妬もしちゃう。
これは、そんなOLのごく平凡な職場恋愛とバレンタインのお話……なのか?
あなたはきっと、読み返す。
情報
朗読、一人読み用台本
性別不問 女声推奨
上演時間 約30分
キャラクターを掴むために、結末まで一度目を通してからのご利用をオススメします。
表紙絵はあさぎかな様(Twitter→@Chocolat02_1234 )
【本文】
私は、その新しい鍵にキスをした。
初めて、彼がいない時間に彼の部屋に入るのだから、鍵穴に鍵を差し込むこの瞬間、とてもドキドキしている。ひとつ、深呼吸をしてアパートのドアを開けた。
壁をまさぐって、真っ暗な部屋の電気をつけた。オフィスのデスクと同じように整頓された部屋に、彼らしさを感じる。
さて。と、私は持ってきたスーパーの袋を、一人暮らしのワンルームらしい小さなキッチンに置いて、腕まくりをした。
彼が帰ってくるまでに夕飯の用意を終わらせなきゃ。ふふ。きっとびっくりするだろうな。いつも忙しくて自炊なんてできないだろうから、体のためにもたまには手料理を食べないとね。
得意の筑前煮や彼が好きなハンバーグ、それからコーンスープも。彼の喜ぶ顔を想像すると自然と頬が緩んでしまう。
食事を作り終わってふと時計を見ると、私はもう帰らないといけない時間だった。急いで後片付けをして、私は彼の部屋を出た。鍵を閉めて、もう一度、その合鍵にキスをする。
私は都会のビジネス街で働く、ごく平凡なオフィスレディ。そして彼、周吾さんは会社の先輩で、同じフロアにいる。色々と面倒なことになるから、この関係は秘密。でも、そのカッコいい仕事中の姿はどうしても目で追ってしまう。そのままうっかり目が合ってしまった時は、きっと私は顔が真っ赤になってるんじゃないかしら。ああ、もう、周吾さんの事を考えるだけで仕事が手につかなくなっちゃうくらいに、大好き。
「ミキさん!」
就業時間中、周吾さんが書類を手に私に話しかけてきた。ひょっとして、昨日の手料理のこと、聞けるかしら。
「この書類のチェックお願いするよ。問題なかったら、会議の為に人数分刷っておいてくれるかな?」
私がはいと返事をして書類を受け取ると、彼は「ありがとう」と私に笑顔を向け、さっさとデスクに戻ってしまった。
……え? それだけ? ちょっとした雑談もなにもなし? 少し落ち込んだ気持ちになりながらも、仕方がないとも思う。今までだって私が何かしてあげても、彼からその話を振ってくれたことなんて、ないもの。
それに、職場の女の子には分け隔てなく優しく、同じように接しているのは知ってる。女性社員を味方につける、これだって立派な処世術なんだし、気にしちゃダメだって頭ではわかってるわ。
優しくて、かっこよくて、気が利いて、仕事もできるなんて、完璧すぎて誰だって好きになっちゃうわよね。だから周吾さんは、本当は彼女がいるっていうのに女性たちの人気者。私は、きっとみんなの知らないもっと素敵な周吾さんを、色々と知っているけれど!
こうやって気持ちがモヤモヤした時は、デスクの彼を盗み見して心を満たすのが一番。以前にプレゼントしたちょっと特別なボールペンを、胸ポケットに差していつも使ってくれている様子が見れたり、私がいないところで、私を褒めてくれているのを知ると、とっても安心する。
午後の十五分ほどの小休憩の時間は大抵、仲良しの女子社員でつるんで自販機や給茶機のある休憩室に行く。コーヒーを飲みながら、テーブルの一角を陣取っておしゃべりをしていると、周吾さんも飲み物を買いに休憩室に入ってきた。買うのはいつも決まってコーラ。そんなちょっと子供っぽいところにも、キュンとする。
「ねえ、ミキちゃん」
周吾さんは、親しげにこちらに声をかけてきた。
「仕事が終わったら夕飯一緒にどう? いい店教えてもらったんだ」
また外食? それより、そんなに大胆に誘ったら付き合ってるのバレるよ?
「ええ、いいけど……?」
私の手料理は気に入ってくれなかったのかな。
「よかった! じゃ、終業後にね」
彼は嬉しそうに言って、コーラを手に休憩室を出た。残された方には、女性社員からの視線が集まる。
「ちょっとぉ! いつの間にか仲良いじゃない!」
「食事に誘われる仲になってたなんて、抜け駆けしたわね?」
「周吾さん、私も狙ってたのにぃ!」
一緒に休憩をとっている女性社員たちは、口々に言った。
「え、そ、そんなんじゃないよ!」
「だって他にもこんなに女がいるのに、彼が声をかけたの、ミキちゃんだけよ?」
「あの、前にね、仕事手伝った時に、いつかそのお礼をしてくれるって言ってて。それだと思う」
「へぇぇ。あやしいぃ」
「もうっ、なんでもないから! ほら、休憩時間終わっちゃうよ!」
時計を見ると実際にもう休憩時間は終わりで、みんなで慌てて休憩室を出る。ふふっと私は内心で笑った。いい店ってどこだろう。周吾さんとの食事がとても楽しみ!
私は自分のデスクに戻ると、イヤホンを片耳につけた。かなり自由な社風だから、音楽を聴きながら仕事をする人は結構いて、こうしていても咎められることはない。流れてくる音を聞きながら、定時までに終わらせるべく残りの仕事に取り掛かった。
終業時間になって、夕飯を食べるお店に向かった。ビジネス街から少し歩いていくと、飲食店が軒を連ねる区画があって、お昼時や仕事帰りのこの時間はビジネスマンやOLで賑わう。
そのうちの一軒、オシャレなイタリアンのお店に周吾さんは入った。私も、少し後から続けて入る。予約はしてなかったみたいだけど、幸い席は結構空いていた。定時後すぐの早めの時間だから、ひょっとしたらこれから混んでくるのかもしれない。
「ここの石窯ピザがすごく旨いって、隣の課の奴に聞いたんだ」
「じゃあ、ピザは絶対頼まなきゃね! 定番のマルゲリータがいいかな?」
「それからテーブルワインや、前菜にカプレーゼもどう?」
「ぜひ! どれも美味しそうだから、食べたいもの全部頼んだらお腹が足りなそうだわ」
「程々にしとけよ?」
彼は優しく笑う。ああ、やっぱり周吾さんが大好きだ。まるで輝いて見える笑顔に、思わずメニューで自分の顔を覆う。
私は注文を終えて、料理より一足先にきたワインを飲んだ。
「うん、美味しいね。君と一緒だから、なおさらなのかもしれないけど」
「さらっと、そんな嬉しいこと言わないでよ」
うん、本当に美味しいワイン。一緒にいるから美味しいって言うのも、同じ気持ち。それに周吾さんが選んだワインだから、美味しいんだわ。
その後運ばれてきたカプレーゼもマルゲリータも、パスタもドルチェもとても美味しかったし、とても楽しい夕食になった。でも、ちょっと頼みすぎ。あなたと同じものを全部食べるとお腹はパンパンになってしまったわ。もう一口だって入らない。
「そういえば、もうすぐバレンタインだけれど、その日お食事に誘ってもいいかしら?」
そう、もうすぐバレンタイン。サプライズで手作りチョコレートケーキを用意する予定。お菓子作りは得意だから、きっと気に入ってくれるわ。
「もちろん! というか……実は十四日は、ちょっと期待して予定あけてたんだ」
周吾さんは少し照れた感じで、自身のうなじ辺りに手を置く。そんな仕草はとっても可愛い。
「じゃあ、そのまま開けておいてね。それから、他の女の子からチョコ貰わないでよ?」
「それは、うーん、職場内での付き合いもあるからなぁ……」
「冗談よ。言ってみたかっただけ」
私以外の女からチョコなんてもらって欲しくはないけど、義理チョコは仕方ないよね。中には本命チョコもあるんだろうけど。
また別の日、私は周吾さんのアパートの部屋の前にいた。もう、ここに来るのは何回目だろう。
合鍵にキスをするのは、鍵を開ける前の儀式。彼を愛おしく思う気持ちを、その唇に込めると、冷たい金属の感触が心地よかった。
部屋に入ると、今日はちょっと散らかっていた。最近は忙しそうで帰るのが遅いから、家事をする時間もなかったんだろう。
私はソファの上に放置されていた服や下着を拾い集めて、洗面所にある洗濯機に放り込んだ。ふと鏡台を見て、心臓がどきりと跳ね上がる。
歯ブラシが二本……でも私の物じゃないわ。ピンク色のほうの歯ブラシを感情的にゴミ箱に捨てそうになって、やめた。女がこの部屋に来た気配は、本当のところ、この歯ブラシだけじゃない。
……わかってたはずじゃない。周吾さんが、私以外の人と付き合っていることくらい。
どうにも嫉妬心が抑えられなくて、ピンクの歯ブラシで洗面台を磨いてやった。綺麗になるし、一石二鳥だわ。でも私も鬼じゃないから、掃除した後の歯ブラシは念入りに洗ってから元の場所に置いてあげた。
今日は食べて帰ると言っていたから料理もしなくていいし、洗濯機が回っている間は特にやることもなくて、シングルベッドに寝転んだ。こんな時間はたまらなく幸せ。周吾さんの匂いに包まれて、うっかりウトウトとしてしまいそう。
そんなことを思っているうちに本当に寝てしまっていたようで、洗濯機から鳴る終了音でハッと目が覚めた。慌てて起き上がって、洗濯物を部屋干し。こうしているとまるで奥さんになったみたいでニヤニヤしてしまうけど、残念ながらもう帰らないといけない時間だ。ああ、帰りたくないなぁ。
今日はバレンタインデー。この日は毎年、職場がなんとなく浮足だっている。
女子社員にとっては、上司や同僚に適当なチョコを買ってきて、日頃の感謝を込めてなんて一言を添えて渡してやるのは、正直いって面倒な慣例だ。でも、そんな中にたまに本命が紛れ込んでいたりして、ちょっとした恋の話題になったりすることもあるから、この歳になっても女の子にとっては楽しいイベントには違いない。
男性社員も、何人もの女子社員にチョコを貰えるから、なんだかモテた気分になって、今日はみんな機嫌が良かった。
私も例外なく、デパートで買ったチョコを同じ課の男性社員みんなに配った。もちろん、周吾さんにもね。こだわり抜いた材料で昨日の夜に作った、本命の手作りチョコレートケーキは、朝のうちにこっそりお部屋に置いてきた。家に帰って見つけたら、びっくりしてくれるかな?
今日はそれだけではなくて、終業後にはデートの約束もある。急いで仕事を終わらせないと、と、あっちにこっちにと、私は忙しく動いた。
上階にある総務課での用事が終わってパタパタと小走りで階段を降りていると、何やら話し声がした。
──周吾さんの声だわ! 偶然すれ違えることに嬉しさを覚えながら、彼が見えるところまで、階段を降りる。
母親と電話中のようだった。普段、私や職場の人には見せない、なにも取り繕わない声音や言い回しがなんだか新鮮で、ついつい立ち止まって、彼の、母親に宛てた電話の声に聞き入ってしまった。
「──それより母さんさあ、ずっと言おうと思ってたんだけど、俺のアパートでちょいちょい家事していくのやめてくれない? 一応合鍵は渡したけど、勝手に入っていいとは言ってないだろ……」
あ、しまった。目が合っちゃった。
周吾さんはちょっと慌てて「じゃ、今仕事中だから! 次は昼間にかけてくんなよ!」と、電話を切る。
「ああ、三木さん。なんだか恥ずかしいところを見られちゃったね。何か、用だった?」
彼は顔を少し赤らめて はにかんだ笑顔で言った。特に用があったわけではないので、その旨を伝える。
「そっか、通り道、塞いじゃってたんだね。ごめん! じゃあ俺は仕事に戻るよ」
電話をポケットにしまいながら、周吾さんは爽やかにその場を去っていく。……ああ、かっこいいなぁ。私は思わずほぅっとため息をついた。──いやいや、惚けてないで、私も仕事に戻らなきゃ!
夜、カジュアルフレンチのお店で待ち合わせ。入り口の前に立ててあるメニューボードにはバレンタインディナーのコースのポスターが飾ってある。派手なピンクや赤とハートで飾られ、値段も大きく書いてあって、なんだかちょっと気遣いが足りない感じ。
待ち合わせの時間よりも大分早く到着したので、先に入って予約の席を確認した。
周吾さんは、約束の時間に少し遅れてきた。
「遅くなってごめんね!」
と、スーツ姿の周吾さんが、拝むような手振りで頭を下げる。
「大丈夫! 気にしないで! コース料理だから特に選ぶものもないしね」
ウェイターが来て、周吾さんが席についたのを見計らうように、二人の目の前にある長細いグラスにシャンパンが注がれた。
「じゃあ、乾杯しましょ?」
グラスを手に乾杯の仕草をして、シャンパンを口につけていると、間髪入れずに前菜も運ばれてきた。
たわいないお喋りをしつつも、今夜はなんだか周吾さんが心の底から楽しんでないようにも見える。顔は笑っているけれど、なんとなく覇気がないというか、ぼんやりしているというか……。
「……なんだか、楽しくないみたい」
もう残るはデザートとコーヒーというところまでコースが進んだところで、ついに不安げにこぼした。周吾さんはハッとして、慌ててフォローに入る。
「いや、そんなことない! すっごく楽しかったし、素敵なお店だし、食事もおいしかったよ」
「本当に? 私、何か駄目だったのかと思ったわ」
「違うよ。ちょっと考え事をしてて……
いや、デート中にすることじゃなかったよな」
「ねぇ、本当に私が悪くないのなら……。今日、周吾さんのお部屋に泊まってってもいい?」
彼はその言葉を聞くと、何か思い詰めたように眉根を寄せて押し黙ったあと、
「……ごめん、駄目だ……」
と、絞り出すように言った。
「嫌……ならしょうがないね。ごめんね。
──他に、好きな人でも……できた?」
声が泣きそうに震える。
「違う! そうじゃない! そうじゃないんだ!」
周吾さんは中腰に立ち上がって必死の形相で言い、そして、深いため息をついてから、言葉を継いだ。
「──告白すると、実は……最近どうにも気味の悪い事が続いていて……」
「気味の悪い事?」
「家に帰ったらキッチンを使った形跡があって、手作りっぽいお菜が冷蔵庫に入っていたり、散らかってたはずの部屋が綺麗になってたり、洗濯が終わってたり……」
「え……何……それ……」
「今まで、母さんが勝手に来てやってるんだと、自分を納得させてたんだ。でも電話で聞いてみたら、違った。
それにさっきも、着替えるつもりで一度家に戻ったら、テーブルの上に覚えのないチョコレートケーキがあって……」
「念のために一応聞くけど、他に女がいるんじゃないわよね? もしくは元カノ、とか」
「もし浮気なら、こんな事、彼女に話すわけないだろ⁉ 合鍵渡したのも、母さんだけだ」
「じゃあ……ストーカー……?」
「まさか自分の身にって思うけど……そう、かもしれない……。
だから、もしも美樹ちゃんが危険な目にあったらと思うと、俺の部屋には来てほしくないんだ。俺自身もあのアパートには帰りたくないけど、美樹ちゃんは実家住まいだし、ホテル住まいする金もないし、他に行くアテもないから。鍵の交換は慌てて手配したけど、引っ越すまでは辛抱しないと」
「そんな……。警察には?」
「確信が持てなかったから、まだ言ってない……。けど、もう、気味悪すぎて……どうにかなりそうだよ……」
周吾さんは頭を抱えて、消え入りそうな、悲鳴にも似た声をあげ、それがイヤホン越しに聞こえてくる。
──ああ、嬉しい。私のことを、こんなにも考えてくれていた。怯えるあなたも、なんて素敵なんだろう。
胸がキュンとして、ドキドキして、この幸せを噛み締めながら、シャンパンに口をつける。
んー、でも、このシャンパンはあの女が選んだものだから、イマイチね。お店の趣味も悪いし。私なら、もっと素敵なお店、選ぶんだけどなぁ。
でもいいの。私は、あなたの隣にはいれなくても、食事の時に同じテーブルにつけなくても、あなたのそばにいるだけで幸せだから。
end
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