見出し画像

捨てる勇気

教職経験が長くなってくると、ぬるま湯に浸かっていることに気付かなくなることがある。

昨年度、私は学級崩壊のクラスを途中から引き継ぐ経験をした。これは口では言い表せないほど、大変で、苦しく、辛かった。

でもこの経験をしたからこそ、自分の授業を変えなくては、と思った。高く積み上がったジェンガが、一気に崩れ落ちた瞬間だった。

もちろん、それに目をつぶり、崩れていったものを見ないという選択肢もあるのだろう。しかし私にはそれはできなかった。

「大学院に行こう」そう決めた瞬間だった。

大学院では、前から興味があった国語の研究をすることにしていたので、算数のことは一旦、頭の片隅においやり、国語のことに没頭していた。

しかし3月。だんだんと次年度のことが見えてくるようになり、次年度の算数の授業をどう改善していこうかと何度も頭の中でシュミレーションをしている。

これまで18年間、算数の授業は、問題解決的な学習で進めてきた。しかし学級崩壊のクラスではそれが通用しなかった。(通用しなかった要因は様々にあると思う)これまで「授業で学級経営をする」といってきた私には、相当な衝撃であったことは間違いない。大事故だ。エアバックになんとか助かったという状態。もっとフル装備にしなくては…

そこで今私が考えている授業構想が、研究してきた国語と同じように、単元構想を子供達と一緒に作るところからスタートしてはどうだろうということだ。

算数は、国語と違って、指導書(赤本)に、45分の流れが書いてあるので、単元で身につけたい力をあまり意識しなくても、授業が進んでいくイメージがある。(これまでの私もそのように授業を進めてきた)

教師側は身に付けたい力を意識していたとしても、子供側は意識してきたのだろうか、そう考えるようになった。

そう考えると、学習者である子供たち自身が、この単元で身に付けるべき力を知ることが大切ではないか。

そのような発想から、子供と一緒に単元計画を作ることを思いついた。

しかし、頭ではわかるのだけれど、そうなると単元全体の流れを変えることになり、まだこれまでの授業スタイルを捨てる勇気が出ない…

このこだわりを捨てられるかどうかが進化できるかどうかがポイントなのだろう。自分をアップデートするためには、これまで自分がやってきたこと、考えてきたことを一度捨てる勇気も大切になる。

まだまだ構想段階。でもまずは4月から試してみて、うまくいかなかったのなら、また試行錯誤すればいい。そうしてどんどんと改善していけばよいのだろう。

批判的思考の第一人者の教授に、「まりこさんは、今、成長段階のどこらへんにいると思いますか?」と聞かれ、「まだまだ道半ばです。先は見えてる気がしますが、一生辿りつけない気がします。それでもいいのだとも思います。」と答えると、「うちの院生たちは、あと一歩だと思うんですよ。どこに着地するかが大切ですよ。」と言われた。

着地点なんて考えたことがなかった。

国語の指導については、自由で広い海に着地できた気がする。だからそこからいろいろな方法を試すことができる。

算数でも自由な広い海に着地できるといいな。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?