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クリスマスに咲く花をきみへ

花屋で働く彼からその花をもらったのは一週間前。
それを花というのかさえも私は知らなかった。

リューカデンドロン。

その花を覚えるまで、何回スマホのメモを確認しただろう。
茶色くて、硬い鱗に包まれた蕾を渡されて、心ときめく乙女はいるのだろうか。彼が花屋だと知らなければ、私もなぜこの花を、いや植物を選んだのか疑問に思い、若干の嫌悪感さえ抱いていたかもしれない。

「毎日水換えしてやって、茎も少し切ってあげて。きっと良いことあるからさ」

そう言われながら一本だけそのリューカデンドロンという花を渡され、アルマジロが丸まったような見た目を訝しげに眺めながら、数日の間水を変えた。彼から貰った古い花切りバサミを使って茎を少し切り、茎の断面を十字に切れ目を入れた。こうすると、枝のような茎の植物は水を吸いやすいらしい。

はじめの三日は、健気に水を変え、茎を変えていた。少しずつ硬い鱗のような部分が開き始めたものの、まだ花のようにはならず、気付けば忘年会や年末独特の忙しさから、水を変えるどころか、その花の存在も少し忘れかけいていた。

そして、迎えた12月25日のクリスマス。
花屋のクリスマスは忙しいらしい。世の中にはそれだけ花を贈る男女や家族がいるのだと、彼の話を聞いて初めて知った。

当然のように、彼は仕事でクリスマス当日を一緒に過ごせるはずがなかった。一方のわたしは、仕事納めまでの残務処理のような仕事を定時で終え、駅ビルの食品売場で一人前のチキンやサラダを買い、家の最寄のコンビニでケーキを買って気持ちばかりの一人クリスマスをワンルームで過ごすことになった。

ソファに座り、適当にビールを開け、なんちゃってクリスマスを楽しむわたし。寂しいわけではないけれど、彼が一緒にいたらと思ってはいた。

一通り食事を済ませ、ケーキに手をつけようかと思ったのは20時過ぎ。クッションの上に置いていたスマホが揺れ、手に取ると彼からの着信だった。

「もしもし?仕事中じゃないの?」
「いま最後の休憩。ここで休憩取らないとこの後しんどいからさ」
「すぐ帰れないの?」
「ギリギリに買いに来る人もいるしな。閉店してもクリスマスから正月に装飾変えないとだし。その時にまた来る人もいるからさ」
「閉店してるんだから、断っちゃえばいいのに」
「んー、クリスマスに花渡したいなら売ってあげたいかな、ぎりぎりまで」

彼の優しさと自分の小ささに、少しだけ胸の奥が小さくなった。

「あのさ、この前渡した花まだある?」
「もちろん。んーと、なんとかドンみたいな」
「リューカデンドロンね」

彼の笑う声を聞きながら、すっかり忘れてしまった花瓶の元へ向かうとわたしは目を疑った。

「うわ、なにこれ。すごいよ」
「あ、やっぱちょっと放っておかれたな?」

しまった。バレてる。でも彼は笑ってくれた。
しかし、なんだろう。貰った時からは想像できない花がそこで咲いていた。

「ごめん。最近忙しくてちょっとほったらかしだった」
「丈夫なやつだから平気だよ。でも無事開いてみたいだね」
「うん。最初はアルマジロみたいだと思ってたのに。すっごく綺麗」

硬い鱗で包まれたように見えた蕾はゆっくりと一枚ずつ開いていき、いまわたしの目の前で星のような形の花へ変わっていた。花の中からは綿が溢れ、その形は雪の結晶のようにも見える。

「咲いた姿を見て欲しかったけど、せっかくだから自分で咲かせて欲しいかなと思って」
「うん。あの蕾見れたからすっごく驚いてるよ、いま」
「クリスマスツリーのてっぺんの星みたいだろ?中から綿が出て雪みたいだし。ホワイトクリスマスじゃないけど、クリスマスの日に見て欲しくて。」
「うん。ありがとう。その気持ちがすごく嬉しい」

一緒にいたかった、一緒に見たかった、という本音は少しだけ我慢した。

「本当は今日一緒に過ごせればよかったけどな。落ち着いたら遅いけどリスマスデートしよう」

彼も同じことを思ってくれていることが嬉しくて、上手に返事ができなかった。

「わり。そろそろいくわ。急に電話ごめんね」
「ううん。嬉しかったよ。仕事頑張ってね」
「ありがとう。んじゃあね」

少しでも長く彼の声や周りの音を聞いていたくて、スマホをそのまま耳に当てる。

「あ、そうだ」

彼がまた話し始めた。

「メリークリスマス!」

今日、その言葉を彼から聞けてとても嬉しかった。わたしはゆっくり、彼と同じ言葉を返す。向こう側で彼が笑い、じゃあねと言って通話が終わった。

寂しさはどこにいったか。わたしの中には温かい気持ちが溢れていた。わたし以外誰もいない部屋に代わりはないはずなのに。わたしの心と体は自然と左右へ揺れていた。

目の前で咲く一輪の花を見つめる。彼の仕事姿が頭に浮かび、わたしは自然とその花へ語りかけていた。

「メリークリスマス。●●●●●●●。」


※最後の●は、あなたの大切な人を想って言葉を伝えてください。



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