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やっぱり親の理はありがたい

元旦そうそう感じました😌

親の声は、本当に神様やなぁと。


ありがたいことに、

1月5日に、初席の方をお連れして、おぢばに帰らせていただきました。

しかも2名も😭


この2人のお出合いは、本当に親の力やなぁと感じましたので、それぞれ話をさせていただきます。

親の力は、ものすごいです。💪


2人との出会い


まずお出会いから。


1人目の方は衝撃です。

出会いは、道端で声をかけたところです。

その方は、肺の病と喘息を持っておられる、おじいちゃんでした。


話を聞いてくれ、なんとか、おぢばへ!とお願いすると

「分かった、行く。」

とのことで、驚いたことに、その場でおぢば帰りの費用、一万円を出していただきました。😳


話していくと、岡山寮のOBが通っていたとのことで、

「あんたは真面目そうやから」との理由で、おぢば帰りを決めて下さいました。


いちおう、OBの方に連絡を取り、導いてください、との承諾をいただきました。

道で声をかけて、即おぢば帰りが決まり、ラッキーというか、まさに、棚から牡丹餅でした。


2人目の方は、戸別訪問です。

そのおじいちゃんは、正直なところ全く期待をしていない方でした。

なぜなら、そもそも会話が通じないからです。

朝からお酒を飲んでいること

耳が異次元に遠いこと

喋り好きで、これも異次元のレベルで喋られる


朝から酒🍶を飲むのは、おじいちゃんいわく、

鼻、耳、口にはウイルスがあるので、体内からアルコール消毒せんといけんのじゃ!

という、意味不明な理由からです。😅


私も酒好きなので、多少のいんねんを感じます。笑


そんなこんなで、家に行ってもほとんど会話が成り立たない。

なので、通うのを後回しにしていました。



そのまま年越しを迎え2024年正月🎍



三が日、岡山寮としても布教活動はお休みでした。


そこで、会長さんに

年始はとのように過ごさせて貰ったらよろしいでしょうか?

と伺いました。


すると、

通い先に行きなさい

とのこと。

みなさんは休んでいたので、正直なところ行きたくありません。

しかし、人間思案を捨て、親の声を立てて通らせていただきました。


そして、その方の家に行き、約2時間滞在の上、おぢば帰りを決めて下さいました。


まさに親の声、親の力です。

おたすけの先生の仕込み


11月の終わりに、おたすけの先生の教会にて

再度、親を立てることを教えていただきました。


今までは、親と繋がればいいか、

くらいの軽い気持ちしか持っていませんでした。


ですが、再度お話を伺い、親の声をいただくことの大切さを教えていただきました。


一番衝撃を受けた言葉として、

頭を下げてでも、親の声をいただきなさい

とのこと。


今まで、親に伺う際、自分の「我」があったように思います。

理の親=実の親なので、「まぁ、聞いとけばいいか」くらにしか思っていませんでした。


そうではなく、

自分の人間思案を一切捨て
心をアホにして
低い心になって

そうして、親の声を聞くこと。

これらが、足りてないと、反省しました。

ようぼくとは、、、


用木とは、親にお使いいただくもの。

そこに自分の考えや思いはいりません。

どこまでも親の道具衆としてお使いいただく。

それが本当の用木。

親の声を聴き、親にお使いいただく、



そう学ばせていただきました。


何より、親にお使いいただくことで、パワーがみるみる湧いてきます。

頭を下げてでも親の声をいただく。

これを12月から意識して勤めさせていただきました。

一年を通して感じたこと


この一年間を通して感じたことは、何より自分の無力さです。

無力ではないといえ、微力。

だからこそ、親の力を頂かないことには、どうにもならないと感じました。

そうして、親を立て切って通る中に、ポンポンと不思議にと初席を運んでいただける方と出会わせていただきました。

おわりに

おたすけの先生の言葉に

親を立てると、今度は理の子が自分を立ててくれる

また、

自分が親と繋がることで、理の子が自分と繋がってくる


親の力を改めて感じた、おぢば帰りでした。

ありがとうございました。


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