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不確定日記(怖くない花見)

 夕方から近所でちょっと飲みませんか、と誘われ、行く方向に銭湯があるので風呂に入ってから行くことにする。外はだいぶ暖かく、薄いコートもなんなら要らなかったかもしれない。なるべく身軽にしたかったのでパンツと洗面道具だけ持って行ったが、混んでいる日の混んでいる時間なので、タオルがもう借りられず、いつも持っている手ぬぐいでどうにかする決意をして入る。思ったより時間がなく、しかも、ジェットバスの吹き出し口の前に立った途端入りたそうな老婦人がすぐそばで待っていたので、最低限の温まりかたになった。このあと出かけるからコンタクトレンズを入れてきたので「段差に注意」の文字がよく見える。明朝体だったのか。手ぬぐいは一枚だとやはり足りず、髪の毛がびしゃびしゃのままドライヤーでどうにかしようとしたが、1分10円のところ30円しか持っておらず、気持ち程度にしか乾かなかったが、外に出るとやはり暖かいので冷たさはむしろ気持ちがよかった。

 自販機で小さいスポーツドリンクを買って飲みながら、古い中華屋まで歩く。夕方はあたりの色味がみんなグレーがかって均一に見える。歩くとどんどん生まれ育ったあたりに近づき、このあたり自転車で通っていた頃は、ずっといくらか緊張していたな、と思い出す。何年も同じ道を習い事に通っていたのに、脇道に逸れたり立ち止まるのが怖くてできなかった。

 店に着いたらまだ友人は着いていなかったが、「ここ座っていいですか?」とか、「とりあえず中瓶ください」とか、言えるし、言ったほうが楽だもんな、と不思議に思う。麺はもうないんですよ、と言われて、わかりました、と答える。店員さんはとても明るい。友人が到着し、チャーハンと餃子と焼売を食べ、もう1人も着き、近くの公園に花を見に行く。ちょうど満開で、ポツポツと数本ある桜は、まとまっているのよりは怖くないな、と思う。公園内のトイレに小さく音楽が流れている。「怖くないようにかな」と言い合った。駅前のスーパーにビールを買いに行って、戻ってきたらトイレからは「蛍の光」が流れていた。友人の1人がアリクイとネズミのぬいぐるみを持っていて、もう1人がネズミの声で話し始める。

 公園が閉門したので別の公園に移り、シートに座る。桜の枝は低く私たちに覆い被さっている。酔っ払ってきた友人たちは踊っていて、私はそういう時に踊らない。子供の頃テーマパークの着ぐるみを「布」と言った、と話したら、怖がられた。

 帰路も、知っている景色を遡る。私が通っていた頃とは店がいくらか変わっているが、そのままの店も多く、建物の形もだいたい同じだし、夜中なのに、曲がったことのない角を曲がってもスマホがあるのでまったく不安はない。あれ、岩が割れている、と思って立ち止まったらただ街灯のポールの黒い影が真ん中を横切っているだけだった。いくら歩いても、暖かかった。

 

そんな奇特な