不確定日記(不確かで鮮やかな)

その頃住んでいた家は古い一軒家で玄関が二つあった。私が小学生の頃は、祖父が表に面した方を、その娘である母の世帯、つまり両親と私と兄は裏側の小さい方の玄関を使った。
今思い返すと、元あった家に小さい玄関側の半分を建て増したのだと思うが聞いてみた事はない。
小さい玄関を出て右手には小さな門に続く飛び石の敷かれた通路があり、左手はドクダミが生えていて、ゴミバケツと自転車が置いてある。その奥は高いコンクリート塀。塀と建物の距離は狭く、幼児がギリギリですり抜けられるほどの隙間しかなかった。
私には、その塀にタランチュラが張り付いていた、という記憶がある。
その頃のテレビは不思議な生物や心霊の番組が多かったから、そういうもので名前を覚えたのだろうモノクロームの大きな毒蜘蛛が、毛の生えた足を動かして確かにそこにいた。母にも報告したが、母がそれを確認しに行ったかどうかは覚えていない。そのあとも、塀にはタランチュラの「跡」がついていた。何かモヤモヤした毛のような黒い跡。

そういった記憶は他にもある。
上記の「小さな門」は後に付け替えるまでは鉄製の重いもので、閂の取手をギコギコと何度か上下に動かしてからでないとうまく引き抜けない。その音はそこそこ大きく、室内にいて「ギコギコ」が聞こえると帰宅した家族か来客がこれから玄関まで来るのがわかるのだが、それと同時に、絶対に、鳩が鳴く。デーデッポー、と一回。庭には鳩も来るのでそれだろうと思っていたが、門の側に鳩がいた記憶はない。

たぶん、どちらも本当のことではない。けれど実際私にはその記憶があるので、仕方がなくそのままにしている。
だいたい幼児の頃の記憶など、家の造りや景色だってそのくらいの不確かさで、しかしいやに鮮やかだ。

なんにしろ私たち家族はその家と土地からは十数年前に引っ越し、先日兄が「Googleマップでみたら更地になってた」と言っていた。

そんな奇特な