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『東京の生活史』感想 5人目

<5人目>2023.10.04読了

 最近、週一で5000字程度の短編小説を書いている。短編4本ノックで、今2本書いたのであと2本書かなくてはいけない。

 テーマが決まっているので、そいつに寄せて書かなくてはいけないが、そのうちの1本がネックだ。不倫、殺人しか湧いてこない。良くない。
 激情というか、嫉妬とか憎しみとか、強いものについて書いてみたいけど、なかなか「これだ!」というものが浮かばない。

 学生時代の卒論の時もそうだけど、書かなくてはいけない卒論を机の隅に置きつつ、noteでずっと好きなことを書いていた。

 何か書かなくてはいけないものと並行して別の何かを書いていると、不思議とバランスが取れたりする。今は、『東京の生活史』でバランスを取っているような気がする。

 あぁ。今日は強い感情のものを読みたいです。

 そう願って『東京の生活史』の目次を引いてみる。前から気になってはいたけど、覚悟を決めて読む必要がありそうだな、と思っていたタイトルが目に止まった。

息子が産まれたときに「男と和解しなきゃ」って思った


 語り手は、大学卒業後、ベンチャー企業に就職。うつ病の自覚もあり、2年ほどで退職。その後大学時代の先輩から仕事を紹介してもらい、働けるようになる。派遣先の会社の外国人の同僚と付き合い始める。妊娠するが、結婚を断られる。出産する。息子を養子縁組に出す。

 寝る前にほんのちょっと、と思って読み始めたら、一気に読んでしまった。

 全体を通して、彼女の語りはすごく冷静で、自分の人生で起きたことと、それに伴った決断を淡々と述べているように感じた。

 その中で、特に印象に残った言葉。妊娠して、「でも結婚はしない」と言い張る恋人を実家に連れて行った時のこと。

 でも、私は私で元旦那とも意見が違ったし、親と私も意見は違うし、信用できない。全員どこもマッチしてない状態。

『東京の生活史』p.136

 その時の両親の様子を「母と父がペチャペチャ、ペチャペチャ話を引っかき回し」(p.136)と表現しているところからも、なんとなく想像がつく。親とは話が噛み合わないし、恋人(=元旦那)も当てにならない。身近に信頼して相談できるような人がいない、八方塞がりな状態。

 彼女はその状況で、法律の網の上をなんとかつたって、彼女自身の努力によって渡り切ったんだなと思った。

 血縁的には父親である相手が国に帰ろうと、放っておいたって国が助けてくれるわけじゃない。親と離れたくても、小さい頃から顔を窺うように育ったから無意識に縛れている。離れて暮らしたくても金銭的な余裕はなく、親が健在だから、生活保護もなかなか受けられない。

 だから彼女は自分で動いた。自分の今の状況では育てられないから、妊娠中もNPOに通って、行政に相談して、児童相談所や警察に繋がっていった。そして安全に子供を養子縁組に送り出した。法律の力で自分の子供の未来を守ったのだと思う。


 子どもを預けてから、もうずっと毎日息子のことを思い出しちゃって、すごくつらくてつらくてっていう話をしながら、おばちゃんの前でボロボロ泣いちゃって。そうしたら「これまで何年も、あまりにも悪い事情がありすぎて、なんとか気持ちを感じないようにしてたんじゃないか。それで生きてきたんだから、落ち着いてそういうふうになるのは自然なことですよ」って言われて「あっそうかぁ」ってなりました。

『東京の生活史』p.139

 なんだかもう、全部引用したいよ。

 読んでからずっとなんて書いたらいいかわからなくて、10行書いて20行消してを繰り返している。何を書いても薄っぺらくて、言葉が見つからない。

 彼女が子供を身籠ってから「自分は女なんだな」と感じたことや、「男は非力だ」と憎しみ混じりに語ったこと、こんな状況でGUの服をボロボロにしながら働いて、同僚の結婚報告を聞いて帰ってから吐きそうになったこと。

 彼女が、自分の人生を見つめるその胸の中に、何か強烈な、決意や憎しみや、悔しさがあって、だけど私はそれを受け止めることができない。受け止める器もない。

 彼女がどんな風に子供のことを思っているかはわからない。

 だけど、1人の読者としてですが、あなたのおかげで1人の命が救われたことは、確かだと思いました。


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引用文献

岸政彦 編(2021).『東京の生活史』.筑摩書房.

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