日記_230611_いっこしかできない

気づけば6月も中旬。
本当に年々月日の経過が早い。びっくりする。
関東も梅雨入りしたとの噂。
そんなムッとした空気とおんなじくらい、
自分の内心もムッとしている。

相変わらず今年に入ってからずっと、4月以降特に、仕事が忙しい。
いろんなことを考えなくてはいけないし、時間も拘束される。
まあでも、それなりにそれなりな感じでやれているので、これはこれで充実しているのかもしれない。
日々多少のストレスを感じ腰痛と闘いながらも、なんとか打ち込めている。

かたや、あいも変わらず、私生活のほうはゴミカスでして…
遅い時間に家に帰ればソファにゴロン、テレビやYouTubeで時間を浪費。
土日も仕事してたりするので観たい映画を観にいく頻度も減ってしまった。
なんとか映画を観れてもその感想をnoteに綴る余力がない。


そんなこんなで日曜の夜。
また懲りもせず頭の中でぐるぐると考える。
パッとしないなー、自分の生き方は。なんでだろう。

ひとつ答えが浮かんだ。
おそらく自分は、ひとつしか出来ない。
思い返すと昔からそうで、部活でもサークルでも恋愛でも、ひとつのことにガーっと集中することが多かった。その中身が自分の好きなことなら尚更。
自分のなかであらかじめ「今はコレ!」と決めているわけではなく、結果的にひとつのことにすごく集中してやり遂げる、そんなのが性にあっていたのだと思う。
それが今は仕事になっている。
仕事なんて全然好きじゃないし、なんなら働かないで好きなことだけして生きていければどれほど良いことか、と思うタイプなはずなのに、蓋を開けてみれば今は仕事ばかりの日々。
だからか。その1。
ガーっとひとつのことに自分のほとんどを注ぎ込んでいる時期なんだな。

ではなんでこの満たされない感覚が続くのだろう?
好きじゃなくても仕事がうまくいっていればいいはずでは?
あ、だからか。その2。
自分のほとんどを注ぎ込んでいる対象が好きじゃないんだ。

自分で言ってしまうが…
自分は小さいころから割と器用な方だと思っていた。
勉強もスポーツもトップレベルではないもののそれなりには出来たし、
周囲との付き合い方もほとんど外していなかったはず。
のらりくらりといろんなことをやってのけるタイプだった。
しかし、いまは自分に対して全く逆の感想を持っている。
自分がこんなに不器用だと思わなかった。
自分はいっこしか出来ない人間だったんだ。この歳になってそんな自分に気づいてしまい、またガッカリ。


話変わって、以前も書いたが自分は昔からオードリーのファンである。
例に漏れずラジオでオードリーの魅力に触れ、今もなお(タイムフリーだけど)毎週ラジオを聴くし、「あちこちオードリー」も観ている。一週間の中の非常に大きな楽しみになっている。
そんなオードリーの若林さんの半生を描いたドラマが今放送されている。
こちらもなかなかリアタイできず、録画して数話まとめてみることが多いのだが、
今日はちょうどまとめて視聴し、気持ちが昂って「明日のたりないふたり」を見返してしまった。
なんだろう、泣けるんだよな。
大袈裟な言い方かもしれないが、命を燃やして仕事をしている姿。
自分の内面と現実との葛藤、自認、成長、…
上辺でなく心から、それに向き合って漫才の中で叫ぶ姿。
心の底から格好いいと思うし、憧れる。
そして自分自身にとっても仕事への向き合い方がそうだったら格好いいのにな。

本当はあれもこれもして充実したい自分と、
いっこしか出来ない、そのいっこにもっともっと魂をぶつけたい自分。
両方を一緒に実現するのは難しいかもしれない。
でもひとつ共通しているのは、もっと自分に対して格好いい自分でありたいなと。
こんな性格なので自己肯定感は低いし、虚勢をはるし、自分に対してガッカリすることばかりなのだが、もっともっと自分を認められるように行動を変えていかなくては。心の底からそう思う今日この頃。

noteにこういう自分の内面のことを書くのって良い面も悪い面もあって、良い面は自分のもやもやした思考を言語化することで整理できる、スッキリできることなんだけど、
悪い面は言語化することによって自分の内面をより強く自覚してしまうこと。
それもあってしばらく文字にするのを避けていたのかもしれない。

もういい大人なんだし、成長しなきゃな。したいな。
こんな恥ずかしい文章、願わくば誰にも観られたくないが、発散のためにも投稿させていただきます。
駄文にお付き合いいただき、ありがとうございます。


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