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比べるのではなく比較してみよう

「隣の芝生」と言う言葉がありますが、確かに人の事は良く見えるものです。分かり易いもので例えれば、あちらの家の方が立派とか、いい車に乗ってるとか、向こうの家族はいいのにうちは何故?ってとこでしょうか。また、これに似た言葉で「無いものねだり」と言うのもあります。身長、髪質なんかがこれにあたります。

隣の芝生の場合「芝生」と言うくらいなので自分に付属するモノや何か。しかし無いものねだりとなると、自分と切り離すのではなく自分自身が対象として使われる(推測)。

大なり小なり人は比べながら生きているものですが、比べてばかりいると自分が惨めになる。自分が「惨めだな」と気付いている人はまだマシで、それすら気付けなかったり、またうっすら気付いているのに見ようとせず「比べる」がどんどん勢いを増していくと変な嫉妬心が芽生える、それが度を越すといじめにに発展しかねない。そして、最終的に裸の王様に陥る可能性も、、、そうなる前に自分自身の振り返りが必要、そこで「比較」の登場です。

良いところと悪いところを双方取り上げ、よくよく吟味してみると、青かった隣の芝生が少し燻んで見えたり、逆に霞みすぎてモノクロだったうちの芝生がほんとは青かった事に気づいたり、少しでも気が晴れるのではないかな。

こんな事を書くと相手の悪いところを挙げてけって感じで本末転倒な気もしますが、別に誰かに言う訳でもなく、自分の中で完結するものであれば何を考え思ってもいいんじゃないかと思います。

よくある場面ですが、ストレートの髪質の人がふんわりとした髪質の人に「いいわねー、わたしもそうなってみたいわ」と言うと、ふんわりの人は「えっー、ストレートの方がいいじゃない」と言った後に「無いものねだりだね」と言って笑い合う。そんな風に思い合えればきっと上手くいく、そんな気がします。


もっと新年らしい投稿にすれば良かったなと思いつつ。今年も宜しくお願いします。

最後まで読んで下さりありがとうございます。
٩(ˊᗜˋ*)و


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