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学校は「親を喜ばす」ためのイベントをやめませんか

地方で数学やクリエイティブな塾を営んでいるオカサカです。結婚はまだしていません。子どももいません。

小中学校で「親を喜ばす」行事って結構ありましたよね。
親だけじゃなく来賓や地域を喜ばすコトも。
基本的には感謝を強制的に表現させられるわけです。
私自身は親への感謝をちゃんと持ちながら成長しましたが、学校で強制させられる表現には感謝の気持ちを乗せられてませんでした。
特に来賓に向けたようなものは、ただただ「なんのための練習時間だよ」「誰のための表現だよ」という感謝とは反対の気持ちばかり育ちました。


さて、そんな誰かのエゴが見え隠れするイベント事についてのお話。
さっそくですが、タイトルを訂正します。

地域は学校に「親を喜ばす」ためのイベントをやめさせよう


やめる目的は教育環境の健全化。
生徒を守り、先生を守るためです。

主語を「地域」に変えているは、
学校主導でやめちゃうと学校が叩かれるからです。


では、どんなイベントが親を喜ばすためのイベントかと言うと
・2分の1成人式
・運動会の組体操などの人にアピールする系演技
・普段の授業を見せない授業参観
・(膨大な時間を割いて行う)入学式、卒業式

こんな感じでしょうか


正直、すでに語り尽くされている議論。
あとは学校が止める決断をできるかどうかのラインまで来ているので、
僕が改めて書くことはせず、うまくまとめているブログを紹介します。

元小学校教員が挙げる、2分の1成人式を即刻やめるべき5つの理由

上記ブログでは、2分の1成人式を例にやめるべき理由を5つ述べています。
項目としては下記のとおりです。

1. 苦しむ子どもがいる
2. 親を喜ばすためのイベントはいらない
3. 学校は子どもたちが勉強をすべきところ
4. 関係者全員が余計な負担を負う
5. そもそも公教育がやることではない(上記ブログ本文抜粋)

「2. 親を喜ばすためのイベントはいらない」は、学校側はやめる判断をしづらいことを指します。
この手のイベントで喜ぶ人の声がデカすぎる」ということです。
やめようとすると「なんでやめるんだ!こんなにも素晴らしいのに!」と声があがってしまって、不憫な思いをする子や親が悪役になってしまうケースが起きているようです。


挙げられている5つの理由は、2分の1成人式に限らず、親を喜ばすイベントを見直す際のヒントになります。
汎用性のある言葉に直すと

1. 嫌な気持ちになる子どもはいませんか
2.「慣習だから」で続けてませんか
3. 学習のねらいを効果的に上げられていますか
4. 時間的コストのコスパは良いですか
5. 公の機関がやることですか


多様性を認め、個のチカラを伸ばそうとしている現代で
無駄に我慢を強いるようなイベントは子どもの成長を阻みかねないので、見直せるものは見直したいものですね

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