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"LIBOR" 時代の終焉。

  「LIBOR~、LIBOR~、LIBOR~」

 「えっ、 "LIBOR" をブローカーに聞くの?」

 「損切丸」ロンドン出張した際、ドルの担当者が午前11時にブローカーボイス(マネーブローカーとオープンボイスでやり取りする装置)に向かって声を掛けていた。筆者には "LIBOR" (日本語読み:ライボのような "指標金利" をブローカーに聞く、という行為がなじめなかったが、これがあとであんな「大事件」の元になろうとは…

  "LIBOR" とは " London Interbank Offered Rate" の略称で「損切丸」でも何度か話題にしたこともある。まあ金利関係者なら知らない人は皆無であり、金利デリバティブのトレーダーなら仕事のほとんどは "LIBOR" に尽きるといっても過言ではない。特に*金利スワップ ↓ がメイン。

 例えばアメリカで10年の住宅ローンを固定金利@1.8%で借りた顧客がいるとしよう。今は「ゼロ金利」なので短期で「お金」を調達すれば銀行は利益が出るが、「利上げ」が進んで仮に2023年にFRBの政策金利が@2%になると、残り8年間は "逆鞘" で損が出る。この「金利上昇リスク」を回避するために金利スワップを使う。銀行は ↑ $金利スワップで10年固定金利@1.45%を払えば(=金利を払う、の意)、10年ローン1.8%-スワップ1.45%=+0.35%の利益を確定した上で、3ヶ月ごとに "LIBOR" で資金調達をすれば良いことになる。これが典型的な金利スワップの利用方法。

 ドル、ユーロ、円など主要通貨について10数行が1年までの "指標金利" を提示し、上下2行を削除して加重平均金利を決定する。かつて世界で最も重要と言われた金利であり、住宅ローンやプライムレート等様々な金利の基準として使われてきたが、2021年12月末を持って廃止になる。「損切丸」も浅からぬ縁があり、その経緯について ”書ける範囲” で綴ってみよう。

 1969年ロンドンのシンジケート融資市場で産声を上げた "LIBOR" 。基準とする取引の想定元本は今年初めの時点で総額265兆ドル(約3京円)で約8割をデリバティブとスワップが占める。大晦日に行われるこの切替はITシステム誤作動が警戒されたコンピューターの2000年問題「Y2K」に似通う。

 デリバティブの多くは既に大きな混乱もなく新金利に移行したが、その切替に費やした費用は100億ドル前後(約1.1兆円)。それでもなお一部のローン市場で障害が発生する懸念が指摘されており、FRBが5種類のドルLIBORについて、既存契約分に限り2023年6月まで1年半継続するなど、経過措置が取られてはいる。いずれにしろFRBBoE(イングランド銀行)、ECBなどの中銀が設定する新しい金利に切り替わる。

 どうしてこんな事態に陥ったのか?

 舞台は約10年前の「LIBOR不正操作事件」に遡る

 「他行のLIBORは低すぎる」「そうだ、そうだ、市場の "正しいレート" を入れるべき」

 時は2008年「リーマンショック」直後大手米銀が破綻したことで、銀行間市場では疑心暗鬼が高まり、「お金」、特に「無担保のお金」の出し渋りが起き、ドルの短期金利が急騰。いわゆるクレジット・クランチ(Credit Crunch)で、大手行も含めどこも「資金繰り」に苦労していた。筆者のいた銀行は毎日大量のドルを調達する必要があり、提示するLIBOR金利を高く設定せざるを得なかったが、それがかえって「あの銀行が危ない」という噂に転嫁。だが現場は ”市場実勢重視” を貫こうと ”突っ張って" いた

 「お前らの言う事はわかった。だが "LIBOR" を下げろ」

 ある日の会議で突然の "指示" 。詳細は東京では知る由もなかったが、何かがあったことは想像がついた。これが3年後に**「LIBOR不正操作事件」として「大事件」に発展する。

 **銀行のマネージメントやマーケット全体の話もそうだが、批判の対象となったのがトレーダーレベルのやり取りデリバティブ・トレーダー兆単位のスワップを抱えており、毎日のように訪れるLIBORの ”リセット” が@0.01%変わるだけで収益が大きく変わる。それを度々LIBOR提示のマネートレーダーに伝えていた事が「不正操作」として激しく糾弾された

 「 ¥ LIBOR Lower Please(円LIBOR下がるといいなあ)」「 "指標金利" はトレーダーのポジションなどの事情で変えられるものではない!」

 東京の円スワップ担当のある外国人トレーダーがメールを送ってきた。筆者は彼が大嫌いだったので(苦笑)つい感情的になって突き返したが、まさかこれが5年後に自分自身を救うことになるとは…。聞いた話では "指標金利" について捜査対象になった何万人ものトレーダーのうち「正論」を主張していたのはこれ1件だけ。 "Golden E-mail" などと呼ばれていたらしい。

 そこには日本特有の文化と事情が存在した。もともと「性善説」なのもあるが、日本が先に金融危機で厳しいクレジット・クランチを経て 「”怖い” 金融庁検査」ー 「半沢直樹」の現場・時代から。|損切丸|note など「コンプライアンス」に厳しかったのも幸いした。冒頭の "違和感" はここに起因しており、ロンドンでは ” You are working at high ethics" (お前は倫理観が強いからなあ)などと半ばジョークでからかわれた。だが、その後数人の仲間が ”塀の中” に入ることになったのは本当にショックだった。

 こういう経緯があるので "LIBOR" 時代の終焉には "特別の感情" を禁じ得ない筆者の早期退職の理由の1つでもあったし、初めて知ったが ”前科” が付くとパスポートチェックで海外へ出られないらしいパンデミックも起こってしまい、20年以上仲良くやってきたロンドンの仲間数人とは会いたくても会えない状況が続いている

 詳細まで書くと1つの物語になりそうなので、 note. ではこのくらいにしておこう。「本に書いたら買う」と半ば冗談で言う職場仲間もいたが、果たしてそんな日は訪れるのだろうか。いずれにしろ1つの時代が終わったことは間違いなく、歴史や経済学の教科書に載ることになるだろう。

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