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「35年後の自分からお金を借りて、理想の暮らしをする」小杉湯・平松佑介さんが教えてくれた、未来の自分への想いの託し方

お金の学校『toi』は、参加者の「お金」にまつわる悩みや夢を、校長・井上拓美&MC・くいしんと様々なゲストを交えて本気で考えることで、それぞれに必要な“問い”を一緒に探していく学校です。このnoteでは、メンバーの一員でもあるライターが講義を聞き、感じたこと、気づきや学びについて記録していきます。
●ライター:高城つかさ
1998年生まれ。家庭の事情で大学を中退後、2018年7月より本格的にライターとして活動開始。「言葉と人生」を掲げ、さまざまな人の人生を言葉という手段で届ける仕事をしています。4月から社会人大学生として人類学・哲学を学びます。
●ゲスト講師:平松 佑介
1980年東京都杉並区生まれ。中央大学商学部経営学科卒業後、住宅メーカーに入社。その後、ベンチャー企業の創業を経て、2016年から家業の小杉湯で働き始める。2017年に株式会社小杉湯を設立し、2019年に代表取締役に就任した。

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「自分の居場所がほしい」。そう考えはじめたのは、いつ頃だっただろう。高円寺の銭湯・小杉湯の当主である平松 佑介さんによる講義を終えたあと、そんなことを考えていた。

私はいつも、「自分の居場所がない」と感じていた。

きっと、引っ越しが多い家庭で育ったことも理由のひとつに含まれるだろう。

いわゆる転勤族というわけではなく、両親の離婚・再婚の関係や、「双子で同じクラスに通わせるのは教育上よくないのではないか」という母の懸念など、さまざまな理由で幼少期〜大学生までに10回もの引っ越しを経験した。結果、保育園は2園、小学校は4校、中学校は2校通った。

近所でできた友だちと交流を深めようと、お気に入りのお店を見つけようと、すぐに離れることになってしまう。幼少期に経験した“別れ”が寂しさを増幅させ、去ることを前提にしたコミュニケーションをとっていたため、いつもよそ者だと感じていたし、居心地の悪さもあった。

社会人になってからも「自分の居場所がない」と感じる瞬間があると、突然すべてを捨てたくなり、新たな自分の居場所を探すために引っ越すこともあった。ホテルで長期滞在していた経験もあるので、それを含めると、19歳のときから現在(22歳)までの3年の間にも8回引っ越しをしている。

家だけではなく、友人もそうだ。最近はどんな自分でも受け入れてくれる人たちのおかげで変わってきたけれど、リセットしたいという感情にかられるとすぐにLINEのアカウントを削除したり、ブロックしたりしていた。

あれは今思えば、誰かと離れることへの不安からとった行動だと思う。家に限らず、さまざまなものとの別れに耐えきれない時期が続いていた。

今、住んでいる街に暮らし始めて、もうすぐ半年になる。

部屋は日当たりがよく、街の雰囲気もあたたかで、とても気に入っている。去ることを考えていたはずなのに、レンガと木の板で本棚を作ったり、思い切って鏡を購入したりと、暮らしたい部屋づくりをしていくうちに、いつの間にか「ずっと暮らしたい街」になっていた。

だけれど、今は賃貸生活だ。この家は大家さんのものであり、自分のものではない。そう考えると寂しさが募るし「自分の居場所がほしい」という思いが出てきて、押しつぶされそうになる。いつか離れなければならないのであれば、今すぐに出たほうが傷つかずに済むのだろうかとすら考えるときもある。

たった今この原稿を書いている家を、なぜ私は「自分の居場所」だと思えないのだろう?

今回の講義では、もともと平松さんが長く身を置いた不動産業界、つまり“家”にまつわる内容に紐づけられて話が進められた。

平松さんの話を通して、私がずっと心の奥底に抱えていた不安や寂しさを見つめることができた。

いい家は、街の中で輝き始める

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平松さんは、1933年創業の老舗銭湯・小杉湯の3代目当主だ。幼い頃から実家とその隣にある小杉湯を行き来し、いずれ跡を継ぐことを決めながら新卒として住宅メーカーに勤務。住宅販売を行ない、実績を残した。

そんな平松さんは「その街にずっと住み続けるなら、賃貸にするか購入するか」という質問に対して「購入」と回答した。平松さんは、高円寺出身で、現在も高円寺で生活をしている。

くいしん:
僕は暮らし方も働き方も、どちらかというと、いわゆる「遊牧民タイプ」なんですけど、平松さんは「高円寺から出たい」「自由になりたい」みたいな欲求はなかったんですか?

平松佑介さん:
あんまりなかったんだよなあ。20代の頃は自分の世界が狭くなって、行ける場所が減っちゃうことに対しての抵抗はあったけれど、小杉湯で働き始めた36歳のときにちょうど乗り越えた感じがしている。

なぜ乗り越えられたのか。そして、なぜ講義の課題に対して「好きな街への愛情を形にしていきたい。その家を自分の子供や、大切な人に継いでもらって、その街に根を張っていきたい」と回答できたのか。そこには、平松さん自身の経験が関係している。

平松佑介さん:
4年間小杉湯で働いて思ったのが、たしかに行ける場所は減っているけれど、やりたいことは増えているということ。小杉湯に根を張れば張るほど、いろんな仲間に出会えたし、発想は自由になってきているんだよね。

いい家って、街の中で輝き始めるんだよ」と、きらきらした表情で、平松さんはそう語ってくれた。

平松佑介さん:
家を購入するときは結婚や出産がタイミングな人が多くて。打ち合わせでは「子どもが何人欲しい」「こういう暮らしがしたい」みたいなことを話すし、“その街でしたい暮らし”を実現するために家を作るんだよね。理想を考えて、それが形になった家に住むこと自体、とてもすごいことじゃない? 購入時に考えた未来の理想に包まれながら生活するから、家族は仲良くなるし、家にいるようになるんだよね。

話を聞いていて、まるで魔法のようだと感じた。同時に、私が中学生の頃、当時はまだ女手ひとつで育ててくれた母と新築の我が家の内見をしに行ったときのことを思い出した。

「キッチンが見えるから料理しながらでも話しやすいね」「この部屋を私のものにしたい」とわくわくしながら話した時間は、まるで宝物のようだった。あの瞬間、未来が近づいたような感覚になったことを、昨日のことのように覚えている。

きちんと想いを形にする大切さ

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講義中、平松さんは「家の話は、賃貸か購入かで考えるととだいたいどちらが得をするかという内容で議論されてしまう」と指摘した。

平松佑介:
“住まい”って、損得ではないと考えていて……。たとえば結婚をするときに家を購入するとして、もしかしたらその後に想定していない選択肢をとることもあるかもしれないけれど、そのときは幸せな未来を描いているし、そのときの感情は間違いないからこそ、きちんと想いを形にして残しておくことが大切だと感じているんだよね。それに、何かあったときに、根を張っているものがあると助けになってくれることもあるし。

私はというと「賃貸か購入か」という質問に対して「自分の居場所がほしい」という理由で「購入する」を選んだ。実際に、25歳になったら家を買う計画も立てている。

賃貸だと、どうしても“大家さんの居場所にお邪魔する”ことが前提にあって「ただいま」というより「お邪魔します」という感覚になってしまう。購入したら、もしその家を売ったり貸したりすることになっても「自分の居場所」であることに変わりはない……。そう思い、回答した。

平松さんは、そんな私の回答に対して「業界では家族でずっと住んでいくのが前提となっているからこういうケースが増えたらいいと思う」とリアクションを返してくれた。

そして、私のように、中古マンションを購入しリノベーションをすることを検討し、実現した人がいると話してくれた。

平松佑介:
その子は5000万円の中古マンションを買って、500万円でリノベーションをして35年ローンを組んでいるんだけれど「35年先の自分にお金を借りて、今建てている」と話していて。5000万円の資産があることが、住まいの選択肢を増やしているんだよね。その結果、精神状態も安定して、リモートワークも疲れなくなったみたい。

35年後の自分からお金を借りて、理想の暮らしをする」という言葉に、心ごとぐっと引き寄せられた。

そうか、私は他の誰かによって作られたもの、いずれ消えてしまうものを「自分の居場所」だと捉えようとしていたから寂しかったのかもしれない。

すでにレイアウトが決められている家、いずれ退去しなければならないもの、持ち主が定まっている部屋、手放さなければならないもの……。

愛を込めた自分の居場所を手にする前には、まず自分自身がどのように暮らしていきたいのか、見つめ直す必要がある。その作業を経ることで、私はきっと本当の意味での「自分の居場所」を手に入れられるだろうと感じた。

小杉湯に根を張る平松さんにとっての、これからの不動産

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とはいえ、現在の不動産業界はまだ、私には難しい。保証人をつけなかったにも関わらずフリーランスで審査に通ったことがありがたいと思うほど、フリーランスは家を借りるのも、買うのにも苦労すると聞いたこともある。

だからこそ「選択肢として、職業だけで判断されない所有のやり方をしたい」と平松さんは話す。

平松佑介:
「小杉湯があるから高円寺に住みたい」と言ってくれる人がたくさんいるから、その人たちのために何かしたいと計画を立てているところで。街全体を家だと捉えたら小杉湯も風呂と考えられるし、小杉湯を起点とすることで本来なら価値が低くなっている風呂なし物件にも価値を見出せると思うんだよね。

高円寺に根を張り続ける平松さんは「一生添い遂げる気持ち」と意気込みを語ってくれた。実際に小杉湯から徒歩1分の家に引っ越した友人もいる。そうしたいと感じるほど、小杉湯にはいろいろな人のあたたかさと想いが込められているのだろう、と思った。実際に、平松さんの言葉の節々からは、小杉湯や小杉湯を守ってきた家族への愛情を感じられた。

また、親しい友人も暮らしていることから、高円寺に行く機会が増えた私にとって、小杉湯もひとつの居場所になりそうだと、講義を間近に聞いて感じた。

平松佑介:
実家も含めて、小杉湯という建物の力に恩恵を受けているんだよね。銭湯が減っていくなかで今でも残っているのは何か支えられていたからだと思っていて。小杉湯にはすごい神様がいるんだなと思っているんだ。場所の神様とか。

井上拓美:
人間の感情が小杉湯という建物に宿っていくんだろうね。家もきっとそのはじまりなわけで、だからこそ未来を先に作る面白さがあるんだろうなあ。

家は、はじまり。そう考えると、今はまだ「自分の居場所」だと思いきれない自分のことは否定せずに、はじまる準備を整えようという気持ちになってきた。引っ越しが多く、すぐに出ていくかもしれないという、離れる不安や寂しさを抱いている自分だからこそ描ける理想があると感じられたのだ。

現在は、パートナーがいても、入籍をしたとしても、お気に入りの街で、中古マンションの一室を購入し、リノベーションをしようと考えている。パートナーと共同で暮らす部屋は別に持った上で、大好きな本を読んだり、執筆に専念したりする、私だけの居場所をつくろう、と。

Googleカレンダーの24歳になる日には「家を購入する準備をはじめる」とリマインドをいれた。今の家の契約は、24歳の秋に終わる。ちょうどいい準備期間になるだろう。

寂しさを手に取るように見つめられたからこそ見えた、新たな希望。数年後の自分がどうなっているのか今から楽しみだし、いい未来を描くためにも常に自分と向き合い続けたい。

テキスト:
高城つかさ

イラスト:
あさぬー

編集:
くいしん


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