「玉狐殿ーっ!」 辺り一帯に響く声。 その声だけで分かる事がある。 面倒な客が来た。 無言のまま店主と傍に座る雪は 自分の感情に深呼吸した。 雪はちらりと店主を見ると 分かりやすく眉間に深い縦皺が寄っている。 それだけでわかる事がある。 この店主は非常に頑固だ。 こうと決めたら意地でも動かない。 おそらく店主は店頭に姿を現す気は ないだろう。 眉を八の字にしながら、くすりと頬笑む。 すらりと衣擦れの音を鳴らし、 雪は立ち上がった。 「おお、これは。玉狐殿はいらっ
「「おーたまっさま!」」 甲高い声があたりに響いた。 店主はピクリと耳を震わせると 鼻頭に皺を寄せた。 「「おーたまっさま!」」 声の主は幼い娘子のようだ。 一人ではない。 声を聞く限り二人以上は居るように思える。 「あれぇー?ここじゃなかったっけー?」 「おきつねさんいないねー。」 明らかに物見遊山の声。 店主は不快の鼻息を立てた。 この【おかみのたまや】は 相談事がある者が入る土産屋だ。 その者たちは基本明るくても 深刻な音が声に混じっている。 だが店主を
暑い そうしか思えない日もある。 そういう日は必ず 店の奥の風が通る場所でじっとしている。 自慢の長毛もこういう日は鬱陶しい他ない。 「頼もうーっ!」 ふと声が聞こえて耳をぴくぴくと動かした。 だが、自分の耳に通す必要のない声だと思い ふさりとしっぽを顔にかける。 「頼もうーっ!」 「・・・・・・・・・・。」 「頼もうーっ!」 「・・・・・・・・・・。」 「たのもたのもたのもたのもーーーっ!!!」 「えぇい!うるさいのう!」 いつまでも声を上げていそうだ
ちりぃん、と心地よい音が響いた。 誰か店に来たらしい。 その日は澄み渡る青空だった。 店主はのそりと起き上がり 入口に近づいた。 入口には艶やかな髪を 惜しげもなく流した娘が静かに立っていた。 質素な姿をしているが顔立ちも良い。 育てが良かったのであろう。 美しいと思える佇まいであった。 少し戸惑うように 店内を見渡す娘に店主は声をかけた 「よう来たな。 ここは“おかみのたまや”。 わしが神界から運んできた 神具を売る土産処じゃ。」 娘は声がする方を見て驚いた。