第二話 想いを届けたい幼馴染
暑い そうしか思えない日もある。
そういう日は必ず
店の奥の風が通る場所でじっとしている。
自慢の長毛もこういう日は鬱陶しい他ない。
「頼もうーっ!」
ふと声が聞こえて耳をぴくぴくと動かした。
だが、自分の耳に通す必要のない声だと思い
ふさりとしっぽを顔にかける。
「頼もうーっ!」
「・・・・・・・・・・。」
「頼もうーっ!」
「・・・・・・・・・・。」
「たのもたのもたのもたのもーーーっ!!!」
「えぇい!うるさいのう!」
いつまでも声を上げていそうだ。
店主は苛立ちながら立ち上がり、
店の入り口に行くことにした。
入口、正確には暖簾の前に男は立っていた。
ピンと伸びた背筋、
長髪を後ろでひっつめ風に流している。
腰に帯るもの、
それは彼が剣士だと伝えていた。
「おお、やっと出てきた!
店の入り口は空いているのに
入れなくて困っていたん…」
「大馬鹿者!」
狐の大声に青年は目を大きく開いた。
「ここは男人禁制の店じゃ!
男は入れぬよう結界が張っておる!
しかも商品は男の為にあるのではない!
お主には用無しじゃ!帰れ!」
可愛らしい顔で
鼻頭に皺を寄せて不機嫌そうに話す店主。
ふぅん、と男は口から小さく漏らした。
そう、【おかみのたまや】は
女人のみ入れる土産屋である。
幾百年、足利の時代から
開かれているこの店は
産子這う子に至るまで
女人の為に開かれた店なのである。
その為店の入り口には結界が張られており、
女人以外は通せぬようにしている。
店主が客の往来を認めながら
無視したのはそのためだ。
「じゃあさ、店頭で買うからさ。いいだろ?」
「じゃから男の為の店では無いと言うに…。」
「助けたい女が居るんだ。女の為なんだよ。」
「………。」
「噂は聞いてるんだ。
頼むよ、話を聞いてくれよ。」
女の為と言われては店主も黙ってしまう。
女の為に作られた品を届ける事。
それが店主の仕事だからだ。
「よし、大丈夫だな。」
にっこりと笑う男に、
聡い子じゃと店主は悪態付いた。
「俺にはさ、幼馴染がいてさ。
まあ頑張り屋の働き者なんだよ。
朝から晩まで休むことなく健気に働く。
人の為になるからと頑張るのは良いんだけど、
最近親父さんが死んでさ。
それからどう考えても
無茶なほど躍起になるようになったんだ。
あれじゃあ体を壊しちまう。
俺は店の事は分からんけどさ、
やっぱ幼馴染だし気になる。
心配だから無理をしないほうが良い
とは言ったんだが聞く耳を持たなくてな。
おふくろさんも早くに亡くしているから
余計必死なんだろうけど
あいつあっての店なんだ。
なんか、少し力が抜けるような・・というか、
休ませられる品は無いかと思ってさ。」
「ふぅむ…。」
奥の見えない漆黒の瞳が青年を映す。
暫くじぃ…っと、青年を見つめると
音もなく店の中に入っていた。
じぃーわ、じぃーわ
と熱を伝える鳴き声が響く。
静かに店主を待っていると、
暗闇から鮮やかな藤色の毛が現れた。
「これは耳飾りじゃ。」
咥えた品を青年の手に渡す。
「休息を求めるは本人の意志じゃでな。
休みとぉないと言う気持ちで
休まんのじゃろう。
その意志を変えるは難しい。
けど、お主の声を届ける事は出来ようぞ。
この耳飾りは「音守り」じゃ。
その者にとって必要な音が耳に届き、
必要無き音は塞ぐ。
変えることは難しかろうが、
お主がその者を思うであれば
その者の耳にもお主の声が届くであろう。
耳飾りを贈って伝えてみるがよい。」
ぱぁ、と青年の顔が輝く。
「なるほど!そういう方法もあるのか!
もう一回頑張ってみるよ!」
「そうせい、そうせい。満足したなら帰れ。
この時間は暑ぅてかなわん。」
「いやいや、感謝する!」
青年の手からお代を貰い、
店主はそそくさと店の中に入っていった。
「本当にありがとう!」と声が響く。
ふん…と鼻を鳴らして、
店主はまた涼しい場所に戻ると
小さく丸まった。
「たのもーーーっ!たのもーーーっ!!」
数日後、日が陰り始めた
涼やかな時間に店の脇から声がする。
聞き覚えのある声だ。
ふすっと店長は不機嫌の鼻息を立てて
のっそりと起き上がる。
「暑いのが苦手みたいだから、
木陰で呼んだが、良かったか?」
「なんじゃ、まだ何か用があるのか?」
「いやいや、感謝を伝えたくて参った!」
店主はぱちりと目を開く。
「あれから毎日声をかけたんだよ。
無理するな、無理したら店が無くなるぞ。
本当に店を大事に思うのならば、
休むことも大事だって。そしたら、
前は「はいはい」か「煩い」だったのに
「そこまで言うなら…
少し休みを取ろうかな…。」と言ったんだ!
今は適時休んでくれるようになった!
本当に、効果があるな!ありがとう!」
「…。」
「まあ、叶ったなら良かったの。」
小さく返事をしたが、青年は嬉しそうに
その時起きた事を話し続けた。
神具とは勿論、神力を与えているが、
それは持ち主が求めたから
効果が発揮するに過ぎない。
この場合、娘が男の声を聞くに値すると
思っていたから効果が出たのだ。
この【おかみのたまや】は効果は
皆に称賛されるが
それは本人が受けようと
思ったものに他ならない。
それを神具が補助しているに過ぎず、
必要を求めるものが
【おかみのたまや】に訪れて、
必要を形にしたいが為に
【おかみのたまや】の商品がある。
今回の場合、
娘が青年の話を聞いたと言う事は
遅かれ早かれ青年の声は
届いていたであろう。
感謝を何度も口にする青年を見て、
それを言う必要はないなと
店主は瞬きをした。
「そこまで真剣に伝えられたんじゃ。
お主の恋心も素直に伝えられたら良いの。」
「…………え?」
「…なんじゃ、お主自覚なしか。」
「…。」
ぼんっと青年の顔が真っ赤に爆発する。
「えっ!?いや!俺は!
別に華恵(はなえ)のことは!」
「申し訳ございません。」
ん?と一人と一匹は突然の声に耳を傾ける。
木陰から入口を覗けば
利発そうな女性が一人立っていた。
「げっ!」と顔をゆがめる青年をよそに
店主は入口へと近寄った。
「よう来たな、ここは【おかみのたまや】
神界から持ってきた神具を扱う土産屋じゃ。
何か欲しいものがあるのかえ?」
「はい、あの…
幼馴染にこのお店が良いと聞いて。」
ふうむ?
とちらりと影に隠れた青年を見たが
言うな言うな!と言うように
青年は両手をぶんぶんと振る。
「して、何が欲しいのじゃ?」
店主の質問に
女性は少し顔を赤らめて言った。
「えっと…恋が叶う品はありますか?」