ヒールを演じられるということ

2週間ほど前、いつものように夕食の支度をしていると、ふと、頭の中にある曲が流れてきた。

それは、フジテレビの「とんねるずのみなさんのおかげでした」にて1997年の冬に結成され、約3年間の活動を経て”完全撤収”した野猿の、 Be cool!

特にきっかけがあった訳ではなかったから、おそらく、私が感じていた今の世相と、記憶の中にあった歌詞がリンクして、無意識に思い出したのだと思う。

一度頭の中で流れ出したら止められなくて、懐かしさもありYouTubeで検索すると、PVを見つけた。

当時野猿は絶大な人気があって、私も大好きだった。今改めて観てみても、やっぱりすごく良い。とんねるず以外が番組制作スタッフだとはとても思えない。

このPVでは特にボーカル4人が魅力的に描かれている。

ノリさんの歌とダンスの魅せ方の上手さには脱帽で、どのシーンを切り取っても痺れるくらいかっこいい。テルリン(アクリル装飾)は、抜群の歌唱力と天性のセンス、端正なルックスで、とんねるずより人気があったと言われるのも十分頷ける。カンちゃん(衣装)は、他のメンバーにない、ずるいくらいの可愛さで、若いながらもしっかりキャラクターが立っていた。

この2週間ほどで、もしYouTubeじゃなくてテープだったら擦り切れるほどこのPVを観たけれど、最初の数回は、正直この3人しか目に入らなかった。つまりタカさんは、あまり私の印象には残らなかった。

魅せることを技術・センスで捉えた時に、タカさんは、歌やダンスの面で、他のボーカルメンバーより際立った印象がないように写ったからかもしれない。

それが不思議と、何回も観るうちに、今度はタカさんにしか目がいかなくなってしまったのだ。


タカさんの笑いの取り方は、パワフルを通り越してもはや暴力、というのがそれまでの私の中のイメージで、当時一緒にテレビを見ていた母が、特にそういうシーンになると嫌がっていたから、子どもながらに、少しネガティブな印象を持っていたのは否めない。

でもこのPVの中のタカさんは、おそらく「すごく得意」ではないであろう(違ったらごめんなさい^^;)歌とダンスに、誰よりも真摯に向き合ってるように見えるのだ。

その一途さが画面を通して伝わってきて、タカさんのダンスと歌声が、歌詞と相まって私の心のかなり深い部分まで届いてくる。

他のメンバーの魅力や上手さへの感動は、視聴回数を重ねるごとに落ち着いてくるのだけれど、タカさんについては、観るたびに素の表情を垣間見れるようで、むしろどんどん引き込まれてしまう。

特に印象に残るシーンがある。

このPVでは撮影時に起きたメンバー同士のガチンコの喧嘩を映像として随所に使っているのだけれど、小学生男子かと思うほどのつかみ合いの激しい喧嘩に、一番動揺している表情をしていたのがタカさんだったのだ。

お笑いの場面で、若い女性アイドル相手でもお構いなしに激しい笑いを取りに行っていたタカさんが、本当に心配そうに、そして本気で困ったなという表情を苦笑いの中に一瞬見せている。

これを見た時、タカさんが、ヒールを演じてくれていたんだ、ということを、頭ではなく心で分かった気がした。

営業妨害になるかもしれないし、真実は違うかもしれないけれど、私が感じたのは、タカさんの笑いのイメージとその本質は、真逆ぐらい違うんじゃないかということ。そしてきっと明確な目的をもって、30年以上もヒールを演じてきたということ。

実際、タカさんがあそこまで極端なことをしたからこそ、当時のテレビが盛り上ったことは事実だと思うし、他の人が引き出せないゲストの表情を引き出していた面も大いにあると思う。(暴力的なシーンはやっぱり苦手だけど。)

これは考えすぎかもしれないけれど、誰しもが秘めた暴力性や本能的な欲求を、タカさんの笑いを通じて発散させていた面も、もしかしたらあったのかもしれない。


社会人になって私が落胆したこと、それは、自分を悪者にできる大人の少なさだった。

自分の親より年上の上司が、大切な場面で、自分が嫌われないことを優先するのを何度も見てきた。20代の時は、それがすごく腹立たしく、情けなくて、その度に自分はそんな大人になりたくないと強く思った。

それからは、自分が役割として悪役を買って出ようとしたこともあったけれど、気づいたのは、それには想像以上に心の強さが必要だということ。実際私は、役を貫こうとして精神的に参ってしまうことも何度か経験した。

今になってようやく、私が情けないと思っていた上司たちも、弱い面を持つ人間の一人だったんだなと理解することができる。


だからなおさら、長年ヒールを演じ続けてきたタカさんに惹かれるのかもしれない。

もちろん、ヒールを演じることで、芸人として成功することへの現実的なメリットは沢山あっただろうから、100パーセントの美談だと思う訳ではないけれど、

タカさんがヒールを演じてきた裏に、相当な心の強さと、底が見えないくらいの深い愛があったんじゃないかと、私は想像してしまうのだ。

タカさんほどのヒールって、今の芸人さんにはもういない気がする。


ところで、最近のタカさんは、どうやら素に近い部分をみせてくれつつあるようで、深夜帯で始まった「石橋 薪をくべる」が好評らしい。

残念ながら私は今家にテレビを置いていないから、久しぶりに”テレビ番組”をネット配信で見てみようかなと思っている。

なんだか番宣のようになってしまっているけど、依頼は受けておりません笑。


世の中の状況もあり、感情の沸点が低くなって、表面的なことにすぐ反応する人が増えた気がする。そしてそれをすぐ表現、発信することができるツールも充実しているから、整理されていない感情に翻弄される状況が、今、たびたび起こってしまっている。


氷山は、11パーセントしか水上に姿を現さないそうだ。

私は野猿のPVの中に、タカさんの、水面下の89パーセントの一部を、垣間見たような気がした。

タカさんの新たな魅力に気づくのに、私は20年かかったことになる。それだけ、表に出ていない部分を知るのは容易なことではないのかも知れないし、結局は想像の域をでないのだけど、見えていない89%は確実に存在していることだけは、いつも忘れないでいたい。


追伸:このPVでは2番がカットされているのですが、2番の歌詞も、なかなか考えさせられます。













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