「リチャード・パーカーとは誰なのか?」『深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)& 読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日 夜
スナックふかよみ
確かにポール・サイモンは阪神タイガースの帽子を被っていたんです…
もう一度確認のために『僕とフリオと校庭で』を…
はいはい。話を戻すのはやめましょ。
せっかくリチャード・パーカーの登場シーンまで辿り着いたんだから。
そうよ。進行を妨げないで。
はい… わかりました…
うふふ。
それじゃあパイとリチャード・パーカーの出会いのシーンを深読みしましょうね。
ショートコント「パテル家の夕食」が終わり、パイと作家は散歩に出かける。
玄関から歩道へ向かう間に、こんな会話が交わされた。
作家「だから君はキリスト教徒でありイスラム教徒なの?」
パイ「そしてもちろんヒンドゥー教徒」
作家「ユダヤ教徒だと思うけど」
パイ「よくわかったね。実は大学でカバラを教えている」
あれ?
パイがインド人に偽装したユダヤ人であることをバラしてる?
サラッとね。
この散歩シーン、つまりパイの家から水辺のベンチまでの間に、物語を読み解く「鍵」となる重要なヒントが次々と語られるんだ。
セリフをきちんと聴いていれば、『ライフ・オブ・パイ』の「秘密」がわかるようになっている。
ふふふ。まさに(笑)
そうなんだ…
映画にとって大事な散歩シーンなのね。
まず歩道に出たパイと作家は、サイモンとガーファンクルの『サウンド・オブ・サイレンス』のジャケ写を再現しました。
それはもうわかってるって。解説済み。
だけどね…
ここであのポーズをキメたことが重要なの。
え?
詳しくは後程たっぷりと話す。まずは話を進めよう。
歩道を歩きながらパイと作家は、こんな会話を交わした…
パイ「なぜいけない? 信じるものが複数あるということは、部屋がたくさんある家のようなものだ」
作家「疑ってしまう部屋とかないの?」
パイ「たくさんあるとも!すべてのフロアに!《疑うこと》は有益だ。信仰を生きたものにしてくれる。《疑うこと》を試してみないうちは、信じるということの力強さがわからないだろう…」
この最後のパイのセリフが、そのまま「虎のリチャード・パーカー」シーンへの導入となっている。
すべての階層にダウトが…
つまりパイは「私の話は、すべて疑ってかかれ」と言ってるようなものですね。
その通り。
パイの話は「ダウト」が9割9分5厘6毛(笑)
ほぼ全部ね。
ホントの部分は4厘4毛だけ。0.44%(笑)
0.44%!?
パイの嘘を暴くよりも、むしろホントの部分が知りたいです。
それは最後の最後まで待たねばならない。
このままのペースだと、ラストシーンは明日のお昼頃になっちゃったりして(笑)
早く「パイのトライアル」を片付けちゃいましょ。
ですね。
「パイのトライアル」シーンは、パイと兄ラヴィが虎の餌やり場に忍び込むことろから始まる。
担当飼育員が居ないことを不安がるラヴィをよそに、パイは大量の肉片の中から手頃な2つを両手に掴んだ…
ラヴィ「 Selvam はどこ? 彼が居ない時にここへ来ちゃダメって父さんに言われてるだろ?」
パイ「大丈夫。Selvam がやってるのを1000回も見てるから。新しい虎に会いたいんだ」
ちなみに、パイ父が経営する「動物園」には…
『創世記』に出てくる「エデンの園」が投影されていたわよね。
パイ父は「エデンの園」のオーナーである創造神です。
じゃあ、動物園の中で最も危険な場所を管理する「Selvam」とは誰のことだかわかる?
「Selvam(セルバム)」ですか?
うーん…
「エデンの園」の番人「Cherubim(ケルビム)」のことだよ。
ケルビムは「エデンの園」の中で、神だけしか近付けない超厳戒エリアを守っている番人。
そこに侵入しようとした者はもれなく、高速回転する剣で切り刻まれ、肉片にされてしまう。
この絵の中で車輪のように見えるのが高速回転する剣だ。
あれであの肉片を切り刻んだのね。
ちなみにケルビムはベートーヴェンの第九『歓喜の歌』で立ちはだかる天使です。
そしてパイは、虎を大声で呼びながら、「ケルビムの回転する剣」みたいなハンドルを回して、二重ゲートの奥側を開ける。
パイ「ハロー!リチャード・パーカー!」
リチャード・パーカーが虎の名前だったことに作家は驚いた。
そして映像は再びパイと作家の散歩シーンに戻る。
作家「トラ?リチャード・パーカーは虎なのか?」
パイ「そうだ。《 a clerical error 》でそういうことになった」
a clerical error?「事務員のミス」ということですよね。
「clerical」の本来の意味は「聖職者」…
つまり「聖職者のエラー」という意味になっている。
聖職者?
パイの話は、こう続く。
パイ「とあるハンターが、小川で水を飲んでいた子供の虎を見つけて捕まえた。そして《Thirsty》と名付けたんだ」
これは茶山の教会での出来事ですね。
あの神父は聖水を飲んでいたパイを捕まえて「君はサースティに違いない(You must be thirsty)」と言いました。
つまり「子虎サースティ」はパイってことか。
そして「神父」は「人を獲る漁師」のことだから「ハンター」ね。
子虎サースティは、あっという間に大人の虎になり、危険な猛獣になってしまった。
ハンターは虎をパイ父に売ることにしたんだけど、その時に「clerical error」が起きる。
ハンターの名前が「サースティ」と記入されてしまい、虎は「リチャード・パーカー」と呼ばれることになった。
つまりリチャード・パーカーとはハンターの名前ってことね。
そうじゃない。
あの神父の名前は「リチャード・パーカー」ではなかった。
パイは「ハンターと虎の名前が入れ替わった」とは言っていないんだよ。
ハンターが虎を売った時の書類には「もうひとりの名前」があったんだ。
その人物の名前が虎に付けられてしまったんだよね…
書類にあった「もうひとりの名前」がリチャード・パーカー?
誰なの?
それは、ハンターから虎を買った人物…
つまり、この人だ。
パイ父!?
マジですか…?
だって「リチャード・パーカー」って名前を考えてみたら、わかるでしょ?
「Parker」とは「園の管理人」のこと…
そして「Richard」とはゲルマン語で「厳格な支配者」という意味…
この物語で「神」を演じているパイ父のことに他ならないわ(笑)
確かに…
でも「サントッシュ」という名前だったのでは…
植民地時代に生まれた人は、インド風の名前だけじゃなくて、ヨーロッパ風の名前も持っているの。
パイの叔父さんママジも「フランシス」って呼ばれてたでしょ?
そもそもパイの名前だってフランス語の「Piscine Molitor」なんだから、パイ父が「Richard Parker」でも全然おかしくない。
むしろ自分の名前が「Richard Parker」だったから、息子に「Piscine Molitor」って付けたのかもしれないわよね。
パークとプールで(笑)
そういえば、パイ母も「Orange Juice」って呼ばれてました…
あ… そうだった…
神の名前である「ヤハウェ」や「エホバ」、それと「ジーザス」というのは、普段むやみに口にしてはならないとされている。
だからパイは「リチャード・パーカー」と呼んでいるんだよ。
なるほど、確かにそうですよね…
「リチャード・パーカー」なら、連呼しても問題ない…
さて、場面は再び「パイのトライアル」に戻る。
奥のゲートからリチャード・パーカーが通路に入って来た…
やっと出ましたね、我らが猛虎。
後ろ姿も美しい。
美しいアタシもタイガースカラー!
ちなみにこのシーンには、野球のルーツ「クリケット」が落とし込まれてます、ハイ。
ホントだ。そっくり。
だから「スコップ」が意味有り気に映りこんでいたのね…
あれは、打つ場所の横幅が広いクリケットのバット(笑)
その通り。
前回の回想シーンで「クリケット」という言葉が出てきたから、そのイメージが展開されたんだ。
クリケットで使う「三本の柱」が、檻の「格子」に重ねられて。
パイの中では、あれは「ゴルゴタの丘の三本の十字架」なんだよ。
パイは「父によって生贄にされる息子イエス」のことが頭から離れなかった。
だからこの場面で「疑似体験」してるのよね。
「リチャード・パーカー」を相手にして。
なるほど。
ゆっくりとリチャード・パーカーは、肉片を差し出すパイのほうへと歩いてくる。
その間、パイはリチャード・パーカーの目をじっと見つめていた。
パイの目の前まで来たリチャード・パーカーが、肉の臭いを嗅いで、噛みつこうとした瞬間…
パイ父が部屋の中に猛スピードで入って来て、それに驚いたリチャード・パーカーは猛スピードで奥へ走り去っていった…
そして、こうまくし立てる。笑えるわよね(笑)
What are you thinking?
Are you out of your mind?
Who gave you permission to come back here?
You have just ignored everything I've ever taught you.
笑える?
パイは、新約聖書のクライマックス「父によって生贄にされる息子イエス」を試してみたかった。
だけどパイ父は、これを旧約聖書『創世記』にある「父によって生贄にされる息子イサク」だと決めつけた。
だから「誰が話を『創世記』まで戻していいと許した?」と言ったんだよ。
『イサクの燔祭』ローラン・ド・ラ・イール
「Are you out of your mind?」は「お前は気が狂ったのか?」と同時に「お前は聖霊になったつもりか?」という意味にもなってるわ。
だから「お前は、これまで私が教えてきたことを、すべて無視している」なのね。
これまでパイ父は「神」を恐ろしいものだと言い続けてきた。
キラキラまぶしい存在ではなく、神は「darkness(暗闇)」だと。
そして「父と子と聖霊」の三位一体論をダメだと言った。
同時に3つを信じることは何も信じていないのと同じだとね。
そうでした。うまく出来てるなあ…
そして、パイとパイ父のやり取りは、こう続く。
I just wanted to say hello to Him.
パイ「Him(天の父)にハローって言いたかっただけなのに」
You think that tiger is your friend?
He's an animal, not a playmate.
パイ父「あの虎がお前の友だとでも?あれは人間ではない凶暴な存在だ!プレイメイトなどではない!」
天の父を「人間のお父さん」のように擬人化して考えるパイに対して、パイ父は激怒している。
神とは、人間には到底理解できないものであり、畏怖すべき存在だと。
それを「animal」と表現したわけだ。
そして「プレイメイト」のダジャレもうまい。
「playmate」は「praymate」であり、「祈りを共有される人物」という意味になっている。
つまり「父と子を同列に並べるな!」ということ。
一貫してるのね、パイ父の主張は。
それに対してパイはこう反論する。
パイ「いくら獰猛でも人と同じ心を持ってるよ!僕は瞳の中にそれを感じる!」
この発言にキレたパイ父は、係員セルバムに山羊を持ってこさせ、鉄格子に結び付けるように指示した。
そしてパイに、こう言い聞かせる。
パイ父「《アニマル》が我々人間と同じように物事を考えていると思ったら大間違いだ。このことを忘れる者は、命を自ら失うことになる。あの虎はお前の友ではない。お前が虎の瞳に見た心とは、反射して映っていた自分自身の感情に過ぎないのだ」
「父と子と聖霊」を完全否定ですね。
そこに、騒ぎを聞きつけたパイ母が、絶妙なタイミングで入って来る。
そしてパイ父に向かって、こう尋ねた。
パイ母「何を考えてるの、あなた」
ふふふ。
「あの言葉」を引き出すためのナイスな振りよね(笑)
ですね。
映画が始まって、およそ20分…
ようやく『ライフ・オブ・パイ』という物語のテーマを発表することが出来た。
This is ( the story ) between a father and his sons.
「これは父とその息子の間にまたがる物語だ!」
映画序盤における堂々としたネタバレ発言…
カメ止め日暮監督の「撮影は続ける!カメラは止めない!」みたいなものですね…
そして、鉄格子に繋がれた山羊の鳴き声を聞いて、リチャード・パーカーがゆっくりと姿を現した。
リチャード・パーカーは、途中までは警戒しながら間合いを詰めていき、最後は目にもとまらぬスピードで山羊に襲いかかる…
パイの家族は、それを呆然と見つめていた。
そしてリチャード・パーカーは、口に山羊を咥えながら、悠然と奥へ消えていった…
あの…
あんなに狭い格子の間を、どうやって山羊はすり抜けたのでしょうか…
いい質問だ。
パイは時折、この話が「作り話」であることを気付かせるような「エラー」を、わざと入れてくるんだ。
極めて知能が高い人がよくやる「いたずら」みたいなものだね。
相手の観察力や思考力を試しているんだよ。
なるほど。
というわけで…
ようやく「散歩シーン」の冒頭で『サウンド・オブ・サイレンス』のジャケ写が再現されていたことの理由を説明できるところまで来た。
実は…
そういえば犯罪ドラマに出てくる知能犯は、必ずヒントをどこかに忍ばせておくわよね。
まるで「気付いてくれ」とでも言っているかのように…
え?
『ユージュアル・サスペクツ』の「カイザー・ソゼ」もそうでしたね。
そうそう。
片足がマヒしてるのもパイ父とそっくりだわ。
そして最後は目の前で堂々と姿を消す…
まさにパイ父は「カイザー・ソゼ」です…
だからパイは父を「虎のリチャード・パーカー」に重ねたのかもね。
『ユージュアル・サスペクツ』のポスターって、阪神タイガースみたいに「白黒のピンストライプ」でしょ?
真ん中の人もタイガースカラーだし…
えっ!?
じゃあやっぱりポール・サイモンも阪神…
うふふ。冗談よ、冗談。
冗談は顔だけにしなさいよ!
・・・・・
いたいけな子供をもてあそぶなんて、アンタってホントひどいわよね…
しかも、いっつも「私は全てお見通し」みたいな偉そーな口の利き方で…
いったい何様のつもり!?
まあまあ…
落ち着いてくださいよ、良介山ママ…
ハァ!?
だからアタシは良介山ママじゃないって言ったでしょ!
もう(笑)
みんな最初っから気付いてるんですよ…
あれ?お客さんが来たみたいです。
カランカラン♫
(ドアの開く音)
ええ!?
・・・・・
こ、これは…
なによ?
揃いも揃って、お化けでも見たような顔して…
つづく
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