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Weil-ith aphorisms Ⅰ

1.一体どれほど言葉を紡げば、神に近づけるであろうか。私の苦しみは、神に捧げるためにあるのであって、文章のためではない。文章は、神に捧げる前段階にすぎない。

2.端的な神以外を取り除くこと。神に備わった余計な性質を嘲笑うこと。恩寵が複雑であっては、万人が救われない。

3.神は絶望の側にあり、求めてやまないものであるが、希望の側には決しておいてはならないものである。神が希望の糧となった時、それは既に希望を見ている。神は見えなくなっている。

4.不完全な愛とは、対象を破壊し、作り直すことである。よって我々は注意しなくてはならない。神に破壊され、作り直されないように。

5.人は神に似てなどいない。もしそうであったら、神はとんだ無能になってしまうことだろう。神は、人以外の全てに纏わるが、人だけには干渉しない。恩寵は、自ら神に近寄った者だけが享受する。

6.生の実感を言葉にするためには、その言葉が真偽の判断を超えるものでなくてはならない。言葉を前にして沈黙すること。それこそが、生を実感する起点となる。

7.生活の全てが肉体に纏わる。改良と継続、それらと表裏一体の劣化、断絶。表象に惑わされないようにするためには、これらを退けなくてはならない。

8.冷たい空気が下に流れ、温まると上に登るのは、地に這いずる生命の一切を滅し、その魂をabductionしようとせしめた、神の策略の、その失敗の名残りである。

9.魂の上昇。重力による身体の下降に対し、魂を元の位置に留めようとすること。その時、(身体が降りた分だけ)逆説的に魂は上昇する。我々は、重力に対し、羽を持つ必要がある。

10.事物は、対極の存在が隣接して初めて認識することができる。生の対極は死、有の対極は無、人間の対極は神。これらが常に衝突しているが故に、認識を明瞭に行うことができる。単一では見出せない。

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