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歪んだことを愛する人へ:川端康成『片腕』

川端康成『片腕』の読書会に参加しました。読書会で川端康成を読むのは『雪国』に続いて2回目でした。

小学生のときに川端康成が逗子で自殺しました。1972年、私が小学校5年生のときです。逗子マリーナが開業したのが1971年とのことです。逗子からトンネルを抜けた鎌倉の材木座に父親の会社の海の家があったので、逗子マリーナができた場所は私の蟹釣りの磯のすぐ裏手でした。逗子マリーナができたとき、会社の人と逗子マリーナのプールに泳ぎにいきました。

だから、川端康成が自殺したと聞いたとき、「ノーベル賞まで取ったのになんで自殺するのだろう」と子ども心に不思議でした。

『雪国』の冒頭はとても美しい文章で始まります。教科書にも載っていましたから、あの冒頭を知らない日本人は少ないのではないかと思います。『伊豆の踊子』なども可愛らしいといってもよい小説だった記憶があります。ただ、一方で「雪国の冒頭は知っているけれど、最後まで読んだことはないんだ」という人も少なからずいるのではないかと思います。私もその一人でした。

読書会ではじめて『雪国』を読み、最低の気持ちになりました。私はきっと小説に対しての許容度が低いのでしょう。文章に美しい部分があっても、その心根が卑しい小説は嫌いなのです。卑しい? 本当にそうでしょうか。もちろん私の偏見です。でも嫌いなものは嫌いなのです。

ですから、正直にいえば、川端康成はもう懲り懲りです。小学生のときの素朴な問いは、これは故人の心の中のことですから私がとやかくいうことではありませんが、少なくとも作品として「読みたくはないんだよな」という気持ちは拭えません。

「だったら読まなければいいのでは?」 その通りです。次回からは川端康成を私は避けたほうがよいのかもしれません。


川端康成『片腕』は少し変わった、幻想小説とでもいうものかもしれません。私は読んで吐き気がしましたが、それは好き好きでしょう。

読書会後の懇親会で「色に注目して、どんな風に映像化されるかと考えたらとても面白かった」と話されていた人がいましたが、皮肉ではなく、本当にその通りだと思います。私もそう読めばよかった。苦手なタイプの作品は次からは勝手に脳内シネマ化して楽しもうと思います。確かにその方法であれば、無限のバリエーションで好きなカットを作れるので、著者の心根に吐き気がしても、映像作品として浄化できそうです。しかもその映像は私しか見ないのですから、どんなに下劣でも誰にも文句を言われる筋合いはありません。

読書会では、ちくま文庫の「文豪怪談傑作選」で読まれた人がいらっしゃいました。表紙絵はタイサンボクに右腕、『片腕』からの挿絵になっています。

その人は「文豪怪談傑作選で読んだので、最初から《妖怪のいる世界線》だと思ってよみました」とおっしゃっていました。

そうか、その手があったか。映像化もいい考えですが《世界線》をずらすのもよい方法です。《妖怪のいる世界線》であれば、何でもありですもの。

「片腕を一晩おかししてもいいわ」
「ありがとう」
「あ、指環をはめておきますわ。あたしの腕ですというしるしにね」
「婚約指輪じゃないの?」
「そうじゃないの。母の形見なの。いったんこうして指につけると、はずすのは、母と離れてしまうようでさびしいんです」
「この指でいいね?」
「ええ」

確かに十分ありですし、それが母親かどうかはともかく、そうか、朱色の服の女はこの指環を奪いにきたのかと空想もできます。男がやましい気持ちでいるのも、ラジオから流れるニュースが異常なのも、靄にかかった世界の色が紫だったり緑だったりするのも、女の腕を自分に装着することも、すべて納得です。

そういうものが好まれた時代なのかもしれません。ゲゲゲの鬼太郎も、河童の三平も、妖怪人間ベムも、みな、戦後から1970年代にかけて生まれたアンチテーゼです。

まぁ、でも、私はこの身体のモノ化っぽい感じが好きじゃありません。妖怪の世界線でギリギリ妥協できるレベルですが、それでもこんなものを発表する心根がやっぱり嫌いです。発表して読まれることを是とする著者の精神性が嫌いなのでしょう。もちろん私見です。私見ついでにいえば『東京都同情塔』という物語の精神性も嫌いでした。もちろんこれも私見です。歪んだものをあえて良しとする心根に裏返しの差別意識を感じるからなのかもしれません。

あえて嫌いなものも読むか、そういうものは避けるか。人生は短いので、最近は後者になりつつあるのかもしれません。

訪問していただきありがとうございます。これからもどうかよろしくお願い申し上げます。