見出し画像

歳時記を旅する 16 〔水馬〕

水馬一歩一歩に水つかむ          土生 重次
                       (平成九年作、『刻』)
 日本に現存する最古の生物学書、貝原益軒『大和本草』(一七〇九年)にアメンボは、「水黽」の項に「本草ニ出タリ有毒ト云リ水馬トモ云水上ニウカヒ游フ身長ク〇四足アリ足ナカシ後足最長シ畿内ニテ〇ウリト云筑紫ニテアメタカト云其臭糖ノ如シ鷄犬食ヘハ死ス」と記されている。
 ここではアメンボは水馬と言われていたことがわかる。アメンボの名の由来は、臭いが「糖の如シ」で、また体が細く棒のようなので飴棒といわれたことによるという。
 水をつかむ足は、それぞれ役割があり、中足でボートのオールのように使って推進して、後足で舵のように使って獲物に近づき、前足で獲物を抑えて食べる。

流さるるたびに戻りてあめんぼう      佐野  聰
                      (平成十年作、『春日』)
 雨上がりにできた水たまりに、アメンボがもう泳いでいることがある。どうやって来たのか不思議だが、アメンボは飛んで来るのである。ただ、同じ種類でも翅が長くて飛べるものと翅が短くて飛べないものとがいるそうで、水たまりにいるのは翅の長いものになる。また、逆に渓流や海のように安定して水がある環境を利用する種類は翅が短くなっているそうである。
 句のアメンボは、獲物を見つけやすいお気に入りの場所があるのか、流されても流されても同じ場所を譲らない。

水馬踏まへし水の堅さかな         磯村 光生
                      (平成五年作、『花扇』)
 女子高生三人が、アメンボの新種を六十年ぶりに発見。
「長崎県立長崎西高生物部の三年生三人で構成する研究グループが新種のアメンボを大村湾で発見したとして一日、カナダの国際学術誌ホームページで発表された。アメンボの新種発見は六十年ぶりの快挙。生徒らは学名『アクアリウス・ハリプロス』、和名『ナガサキアメンボ』と命名した。(中略)  昨年六月、大村湾に生息する絶滅危惧種の海産アメンボ四種の調査を始めたところ、淡水に生息するナミアメンボにそっくりな個体が海面で群れているのを発見、採取。『海産アメンボ類は丸っこい紡錘形。なぜ淡水にいるはずの細長い種が海面で生息しているのか』と疑問を抱いた。(略)」(平成三十年五月二日 長崎新聞社) 
 アメンボの脚は水を踏み抜きそうに見えるが、句の通り、水が堅いからと言われれば、簡単に納得するのである。

 (俳句雑誌『風友』令和三年七月号 「風の軌跡―重次俳句の系譜―」)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?